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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

 いつまでもこのままでは章吉のためにも良くないとは判っている。いずれは悪いことをしたときにはちゃんと謝る、恩を受けたときには礼を言うといった常識・礼儀を教えてやらなければないないとは思うけれど、無理に性急に躾けようとしても、かえって反発されるだけだ。
 秀龍は気長に躾けていかなければならないとは考えていた。
 ここに来た子どもたちは皆、小さな肩には背負い切れないほどの辛い体験をしているのだ。なかなか他人に対してすんなりと心を開けないのは、何も章吉だけに限ったことではない。
 〝家〟で暮らす中に、初めは暗い陰気な顔をした子が本来の子どもらしい笑顔や無邪気さを取り戻してゆくのを、秀龍はずっと見てきたのだ。
「ハンスや、これからも香淑の力になって支えてやってくれ。よろしく頼む」
 ハンスには妹が一人いた。香淑はハンスと同じ歳ではあるが、栄養不足のせいか、八歳にしては小柄だ。どうやら亡くなったハンスの妹に面立ちが似ているらしい。そのため、ハンスは動作が遅くて他の子どもたちから苛められ易い香淑をよく庇ってやっていた。
「あいよ、お頭(かしら)」
 ふざけているのか、真面目なのかよく判らない神妙な表情で、ハンスが最敬礼する。
「お前な、そのお頭と呼ぶのは止せと言っているだろうが。私は盗っ人の首領ではないぞ?」
 苦笑いを浮かべる秀龍に、ハンスが威勢よく叫ぶ。
「お頭、それはそうと、奥さんは元気にやってるかい? 香月姐さんが言ってたよ、お頭は結婚して二年経っても、まだ奥さんにぞっこんで尻に敷かれっ放しで頭が上がらないって」
「あいつ―、また、子どもに余計なことを吹き込みやがって」
 香月が面白おかしく自分のことをハンスに話している様が眼の前にありありと浮かんできて、秀龍は思わず頭痛を憶えた。
 それから更に一時間ほど〝家〟にいて、男の子たちと相撲を取ったり、女の子たちの描いた絵を褒めてやったりして、秀龍は再び子どもたちの歓声に見送られて〝家〟を後にした。

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