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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

「それを私に訊ねられましても、私は旦那さまではありませんゆえ、お応えは致しかねます。でも、旦那さま。ひと月前といえば、確かに、旦那さまは王宮で宿直(とのい)をなさったことがございましたね。私はてっきり、あの夜はお言葉どおりに義禁府の詰め所でお仕事をなさっていたのだと思っていましたが、どうやら、後宮で他のお仕事にお励みになっていたご様子」
「そなた―、何が言いたいのだ? 持って回った言い方は止めろ」
 流石に秀龍が眉をつり上げた。
 春泉は深く息を吸って、避けられない質問をしようと、最後に残った勇気のかけらまで拾い集めた。
「単刀直入にお訊きします。その女官の申したことは真実なのですか? 旦那さまは本当にひと月前のあの夜、その方とご一緒に一夜を過ごしたのですか?」
 秀龍は口をわずかに蠢かし、それから喉許まで出かかった言葉を呑み込んだ。
 そう、言い訳や言い逃れなら幾らでも並べ立てられる。だが、秀龍は嘘は言いたくなかった。
 自分は何も疚しいことはしていない。断じて、春泉を裏切るような真似はしていない。
 何故、あの―既に名前さえすぐには思い出せないほど、あの夜の記憶は薄くなっていたが、確か林美京といったか―女官は今になって、わざわざ我が家まで乗り込んで、そのようなくだらない嘘をついたのだろう?
 女心には疎い秀龍は、よもや、あの女官が秀龍に恋慕の念を抱いているのだとは考えもしない。美京はかねてから当代一の俊英と謳われる皇秀龍に憧れていた。あの日、偶然にも秀龍に出くわし、ひと芝居打ったのだ。
 むろん、最初の腹痛は嘘ではなかったが、実際には腹痛は秀龍に抱えられて自室に戻った時点で既に治まっていた。
 だが、秀龍を引き止めておきたくて、わざと腹痛が続いているように装ったのだ。いつも物陰から遠巻きに眺めているしかなかった憧れの男がもしかしたら、自分の手に入るかもしれないと、愚かにも浅はかな一瞬の夢を見たのである。
 美京の思惑など知るはずもない秀龍ではあったが、美京が嘘をついたことよりも、その嘘によって、大切な春泉が苦しんでいたことの方がよほど辛かった。
 たとえ誰であれ、春泉を苦しめる者は許せない。急に春泉の前に現れ、謂われのない嘘を並べ立てた美京に無性に腹が立った。

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