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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

 春泉がオクタンにさえ黙って姿を消したのは、やはり、あのこと―昨日の昼過ぎに胡乱な女が訪ねてきたことが原因に違いないと思った。
「お嬢さま(アツシー)、大切なお身体で何ということをなさるのでしょう」
 昨夜は何があっても、春泉から眼を離すべきではなかった。オクタンは我が身の迂闊さが歯がゆかった。
 春泉が秀龍と結ばれてからというもの、小虎も春泉の寝室で眠ることはなくなった。せめて、あの忠義の猫でも傍にいれば、春泉が一人で屋敷を出てゆこうものなら、すぐにオクタンの許に知らせにきただろうに。
 あの猫はただの猫ではない。現実的なオクタンですら、時々、小虎は本当に人間のように心を持ち、あの小さな頭で色々と考えているのではないか―とあり得ないことを想像してしまうほど利口な猫だ。
 秀龍は直ちに屋敷の使用人たちに命じて春泉を町中隈無く探させたが、結局、春泉のゆく方は杳として知れなかった。
 むろん、実家である柳氏の屋敷にもオクタンが赴いたが、春泉はここにも姿を見せていなかった。
 春泉が失跡―、事の次第を聞いて、春泉の母葵(チェ)京(ギヨン)は茫然とするしかなかった。
 新婚まなもなくは色々と行き違いのあった娘夫婦ではあったものの、今は春泉も名実共に晴れて秀龍の妻となり、二人の仲も順調だ。
 チェギョンは秀龍の恋人と世間で噂されている妓生―傾城香月が実は男なのだと知っている。もちろん、娘春泉から内々に聞かされたのだ。
 秀龍と春泉はチェギョンが傍で見ていても幸福な気持ちになるくらい、仲が好い。これで後は一日も早く子に恵まれれば言うことはないのだがと常々思っていた。もしかしたら、当の春泉よりも、チェギョンの方が娘の懐妊を祈るような想いで待っているかもしれない。
 もっとも、春泉に余計な心の重荷を背負わせないように、子どものことは娘の前ではけして話題にはしなかったけれど。
 あの娘は責任感の強い子だ。実家の母が言わずとも、自分が一日も早く皇氏の跡取りをあげねばならない立場だとは誰よりもよく心得ているだろう。
 姑の芙蓉の手前、チェギョンは滅多に皇氏の屋敷を訪れはしなかったけれど、たまに見る春泉は良人に愛される妻独特の満ち足りた輝きを放っていた。

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