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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

 香月の居室は二階にある。
 勝手知ったる何とやらで、二階まで来ると、秀龍は〝後はもう良い〟と少女に言ってやった。地味で特徴のない顔立ちのようにも思えるが、もう数年経って成長すれば、存外に化粧映えする類かもしれない。
 ふと、秀龍は、その少女がどことはなく春泉に似ていることに気づいた。春泉自身が気にしている細くつり上がり気味の眼、紅を乗せずとも紅い官能的な唇。華のない大人しげな顔立ちだが、化粧をすれば、見違えるように色香溢れる美女に様変わりする。
 秀龍は思わず軽く首を振る。
 こんな子どもを見てまで、恋しい春泉を思い出すとは。やはり、今の自分はどうかしているのだろう。
 両開きの戸を開けると、香月が一人で酒を呑んでいた。
 その周囲には空の銚子が何本も転がっている。既に相当量を過ごしたのか、珍しく酒に強いはずの彼が頬をほんのり赤くしていた。
 これで妓生の華やかな女姿をしていれば、秀龍でさえ心が妖しく時めくほどの色香を醸し出していただろうが、幸か不幸か、今宵の香月は浅葱色のパジチョゴリに身を包んでいる。
 後ろ姿だけ見れば、登楼した客が自棄酒を飲んでいるようにしか見えないだろう。
「おい、この時間にそんな格好をしていて良いのか」
 秀龍が香月の前に座りながら問うと、香月―英真が上目遣いに彼を見上げた。
「俺はいつでも好きなように、生きたいようにやってきた。今更、兄貴に細かく言われる筋合いも義理もない」
「何だよ、のっけから、やけに絡むんだな」
 秀龍は呆れたように言い、英真の手にした銚子をさっと奪った。
「何するのさ」
 すぐに奪い返そうとするその手を、ピシャリとはたいてやる。
「良い加減にしろ、幾らお前がウワバミか笊でも、飲み過ぎは身体に障る」
「ヘッ」
 英真は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、秀龍を挑戦的な眼で睨めつけた。
「兄貴の方こそ、こんな場所にいて良いのか?」
「―」
 秀龍が意外そうに眼を見開く。
「奥さんが家出したってのに、妓生に呼ばれて、のこのこと妓房になんか上がってて良いわけ?」

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