テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第15章 八年後

 春泉が優しく言い聞かせるように言うと、恵里が助けを求めるように秀龍を見た。
「お父上さま(アボニム)、本当ですか? 男の輪右派、私のようなお転婆はお嫌いですか?」
 その問いに対して、秀龍は意味ありげな実に愉快そうな表情で春泉を見た。
「いや、必ずしも世のすべての男が淑やかで大人しいだけの女人を求めるとは限るまい。中には、恵里のような―」
 そこで、ひとたび言葉をくぎり、秀龍は春泉を一瞥した。
「そなたのお母さまのような、元気の良すぎるほど良い女人を好む私のような男もいるだろうよ」
「だ、旦那さま(ナーリ)ッ」
 春泉が思わず声を上ずらせた。
「お父さま、お聞かせ下さいませ。お母さまは、今はとてもお淑やかでいらっしゃるけれど、昔は私のようにお転婆だったのですか?」
 大きな黒い瞳を輝かせて返事を待つ娘とさも愉しげな笑顔の秀龍を交互に眺め、春泉は〝旦那さま〟と軽く秀龍を睨んだ。
「ああ、女だてらに男の格好をして町に出ていったり、この父と喧嘩すれば、話もろくに聞きもせずに勝手に実家に戻ったりと、それはもう実に活きの良いはねっ返りで―」
 滔々と喋っていた秀龍がはたと押し黙った。春泉がこれまで見たことのないような物凄い形相で恨めしげにこちらを見つめていたのだ。
 形の良い眉はつり上がり、恵里とよく似た黒い双眸は涙を湛えている。よく見ると、結構怖い形相なのに、秀龍には、これもまた、たまらなく哀しげで守ってやりたいと思うほど、男心を揺さぶる表情なのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ