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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第15章 八年後

 父が亡くなって初めて、春泉は母を客観的に見ることができるようになった。また、母自身、憑きものが落ちたように本来の姿―慎ましく貞淑な女性に戻ったのだ。狂ったように衣装道楽と若い愛人との情事に耽っていた母とは全くの別人のようですらあった。
「近頃、父のことをよく思い出すのです。私と母はこうして理解し合うことができ、今を生きています。でも、父は―けして褒められる生き方をしてこなかった人だとしても、あまりに淋しい生涯ではなかったのかと」
 大勢の女たちの間を渡り歩きながら、父は恐らく一度として本気で彼女たちの誰をも愛したことはなかったはずだ。肉欲のためだけに女を抱くことしか知らなかったような男だった。
「そうだな。確かに、義父上は淋しいご生涯であったかもしれない。だが、春泉。すべての人が納得の生きるように生きられるかといえば、実はそうではない。皆、何らかの矛盾を抱えて生きているものだよ。義父上は義父上なりの信条があっただろうし、ましてや、義父上の亡くなられた今、我々にその心のあやが推し量れるはずもない。ならば、そなたはもう義父上の悪しき想い出は忘れ、そなたに優しかったという良き想い出だけを憶えていれば良い。その方が義父上も歓ばれよう」
 はい、と、春泉は頷いた。情のこもった秀龍の言葉に思わず瞼が熱くなる。引き寄せられるままに秀龍の厚い胸板に頬を預けた。
 小虎は相変わらず、片隅で眠っている。

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