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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

 自室で夕餉を取った後、春泉はぼんやりと物想いに耽った。格子窓を通して月光が差し込んでいる。月明かりが床に描く格子模様の上に更に樹木の影が重なり、複雑な模様を形作っていた。
 春泉は何の気なしに立ち上がり、月光に導かれるように部屋の扉を開けた。外は意外なほど明るく、月明かりが静かな庭に降り注いでいる。
 空を見上げながら、ああ、そう言えば、今夜は満月だったと今更ながらに思い出した。
 今夜の月は二日前と異なり、毒々しいほど紅くもなく、蒸し饅頭の黄味餡のような色だ。
 今宵もクチナシの香りが噎せ返るように周囲に立ち込めている。その濃厚で妖艶な香りは、嫌が上にも、あの吏曹判書宅での出来事―眠っていた美女の姿を甦らせる。
 今頃、あの若夫人は、どうしているのだろうか。今も、あの打ち捨てられた家で一人、眠っているのだろうか。
 春泉は、ふっと立ち上がった。持ち前の好奇心と冒険心が彼女を急き立てている。春泉は意を決したように一人で頷いた。

 その四半刻後、春泉は何と吏曹判書の邸宅にいた。塀を乗り越えるのは、春泉にとっては造作もないことだ。何しろ、少女時代はよく乳母のオクタンの眼を掠めて、塀を乗り越え何度も漢陽の町に遊びに出かけたのだから。その度に、憐れなオクタンは母チェギョンに春泉のお忍びが見つかりはしないかと気を揉みながら待っていなければならなかった。
 先日、見舞に訪れた際に、邸内の大体の配置は頭に入れている。自分で言うのも何だが、記憶力は良い方なのだ。
 塀を乗り越えて庭に降り立つと、春泉はそろりそろりと脚音を立てないように注意深く歩いた。やはり記憶は的中しており、あの辺だと見当をつけた場所に家はあった。
 ありったけの集中力で用心して進み、漸く家の手前まで来たその時。
 女の低いすすり泣きがかすかに聞こえてきて、春泉はギョッとした。
―な、何?
 いきなりのことで大いに驚愕したものの、この声がそも何を示すのかは流石に察せられる。
 どうやら、情事の真っ最中にやって来てしまったらしい。 

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