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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

「そんなもの、あるわけないじゃない。この家の者たちは私をまんまと騙したのよ? 私が病気持ちだと侮り、不能の亭主を押しつけたの。全く、腹が立つったら、ありゃしない。亭主は子どもの頃の病気のせいで、とっくに男の機能を失っていただなんて。まあ、ここにいれば、好き放題できたから、実家の父には黙っていたけれど、父がこのことを知れば、ただでは引き下がらないでしょうね」
 吐いて捨てるようなその口調にこもっているのは嘲りだけではなく、深い憎しみだ。
「亭主の弱味を握って、それを黙っている代わりに、他所(よそ)の男と好きによろしくやっていたということか」
「ま、そういうことよね」
「そなたも悪い女だな」
「あら、そういうあなたこそ、悪い男じゃないの。奥方は今夜も一人、淋しく留守を守っているのでしょう? まさか死んだはずの女としっぽりやっているなんて、思ってもみないわよ、あなたの奥方」
 二人の低めた笑い声が聞こえ、春泉は愕くよりも呆れる気持ちで首を振った。
 どうやら、春泉の推理は当たったらしい。
 吏曹判書一家は、若夫人鈴寧が死んだと信じ込んでいるのだ!!
 事の発端は、鈴寧がてんかんの発作を起こしたことから始まる。恐らく鈴寧は気絶―もしくは仮死状態に陥ったのかもしれない。
 鈴寧の舅、姑、そして良人、その誰もが鈴寧が死んだものと思い込み、実は生きているのだとは考えもしなかったのだろう。
 元左議政の愛娘をむざと死なせてしまった―、そう思った彼等は一計を案じた。鈴寧がまだ生きていると世間を欺こうと考えのだ。
 彼等は鈴寧の亡骸を長らく放置しておいた離れに運び込んだ。ここは広い庭園でもひときわ奥まった場所で、使用人さえ、やって来ない。誰かに見られてはならない死体を隠すには絶好の場所であった。
 そして、たった今、鈴寧の言ったとおりで、仮に誰かが鈴寧の死体がその後どうなっているかを検めに来ていたら、鈴寧が実は死んではおらず生きていたことに、とっくに気づいたはずだ。
 この家に放り込まれた鈴寧は、後で息を吹き返し、夜な夜な、こうして男を引き込んでいるのだ。
 これで、すべての辻褄は合う。嫁には逢わせられないと頑なに見舞客を拒む吏曹判書一家。更に、到底、死人には見えるはずもない鈴寧の寝姿。

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