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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

 屋敷内に鈴寧の味方がいたのだ。恐らく、狡猾な鈴寧が普段から手なづけていたのだろう。あれだけのご馳走を食べていれば、血色も肌の艶も良いのは当然だ。
 すべての真実を知ったところで、そろそろ自分も引き返そうと立ち上がった瞬間、まずいと思った。脚許の小石に足を取られ、つんのめったのだ。
 全く、我ながら愚かしい失敗だった。寸でのところで踏みとどまったものの、爪先で蹴った小石が転がり、壁に当たって小さな音を立ててしまった。
「誰だ?」
 鈴寧の警戒も露わな誰何の声が飛んでくる。直後、扉が開き、先刻の十八ほどの娘が顔を出した。
 と、樹々が折り重なって作る闇から、ふいに一匹の猫が現れた。ニャーと嗄れた声で啼く灰色の猫の背には、虎を彷彿とさせる白い縞模様が入っている。
「奥さま、大丈夫ですよ」
 女中が笑った。
「猫がいたんです」
 シッシッと、女中は笑いながら手で猫を追い払う仕種をした。ほどなく、扉がまた閉まる。
 春泉は我知らず大きな息をつき、膝にすり寄ってきた小虎の背を撫でた。生きた心地もしないとは、まさにこのことである。
「お前は昔から、私を助けてくれるわね。ありがと、小虎」
 こんな場所には長居は無用だ。あの女中がまた外まで様子を見に来るようなことがあれば、今度こそ見つかってしまう。
 春泉が〝行くわよ〟と声をかけると、普段は眠ってばかりいるのが嘘のような俊敏さで小虎が後に続く。春泉は来たときと同じように楽々と塀を乗り越え、その後を小虎が追った。
 塀を越え、無事に着地した春泉は小虎を抱きしめ、頬ずりした。
「もう、いけない子ね。心配ばかりさせて。恵里はお前がいなくなって、泣いてばかりいて、ご飯もろくに食べられなくなってるわ。これからはどこにも黙って行ったりしては駄目よ」
 我が子に言い聞かせるように優しく言うと、ニャンと澄ました顔で返事が返ってくる。
 春泉は注意深く周囲を窺い、道に人気がないのを確かめた。それから、予め塀の傍に畳んで置いてあった外套を頭からすっぽりと被ると、知らぬ貌で歩き出した。

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