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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

 もう、これで良家の婦人が夜間、人眼を忍んだ外出をしている―としか見えなくなる。その後を護衛官よろしく小虎が春泉を守るように付き従う。春泉が嫁ぐ前から、変わらない光景である。
 今度は再び我が家の塀を乗り越えて、やっと自室に戻った春泉は、音を立てないようにに細心の注意を払って扉を開けた。
 しかし、部屋で待ち受けていた意外な人物を認め、その場に立ち尽くした。不安感が漣となって春泉の背筋をつたった。
 秀龍が座椅子(ポリヨ)に座っている。
「どこに行っていた?」
 秀龍は腕組みをして、春泉を見据えてくる。
 春泉は立ったまま、茫然と良人を見つめ返した。
「月が綺麗だったので、少し庭を散歩をして参りました」
「それにしては、随分と長い散歩だったな。我が家の庭がすべて回るのに、ふた刻近くもかかるほど広かったとは私は迂闊にも知らなかったよ。―もっとも、吏曹判書さまのお宅の庭を散歩してきたのなら、これくらいの刻は要するかもしれないが」
「―」
 やはり、秀龍はすべてお見通しなのだ!
 春泉は黙ってうなだれた。
「今夜、ここに来てみたら、そなたがいない。さては恵里のところかと思えば、そこにもいなかった。その時、すぐにピンと来たよ。そなたは、吏曹判書さまのお屋敷に行ったのだろう、春泉」
「旦那さまは、すべてご存じだったのですね」
 秀龍はそれには応えず、逆に訊ねてきた。
「そなたは、吏曹判書さまのお屋敷で一体、何を見たというのだ?」
 春泉は全身から苦痛を滲ませながら秀龍を見た。
「質問に質問で応えるのは止めて下さい。私の方こそ、どうしてか知りたいです。何故、何もかもご存じなら、最初から教えて下さらなかったのですか?」
 秀龍がふっと笑った。やわらかな彼らしい笑顔だが、その双眸には不思議な光がまたたき、感情は一切消されている。
「そなたがあの屋敷を訪れた日、私は言ったはずだ。これは、あくまでも私一人の勝手な推量にすぎないと。仮にもこの国の国政の要(かなめ)となる人物の拘わる話なのだ、確たる証もなしに己れの考えだけで結論を出すわけにはゆかぬ」

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