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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第17章 月夜の密会

「たとえ相手が私でも、お話しては下さらないのですか?」
 縋るような視線を物ともせず、秀龍は大きく頷いた。
「当然だ。たとえ妻であろうと、いや、身内だからこそ、不用意に機密事項に等しい事柄を喋ってはならないのだ。判るか? 春泉。そして、今宵、そなたに申し聞かせておきたいことは、もう一つある。女には女の役目があり、男には男の仕事があるのだ。そなたももう、十八、九の娘ではない。女の果たすべき務めの分相応を越えてはならぬことをよくよく肝に銘じておきなさい」
 予期せぬ言葉に、春泉は思わず膝の前で重ね合わせた両手を握りしめた。
「旦那さまがそのような狭量なことを仰せになるとは思いもしませんでした。昔の旦那さまは、けして、女には女の務めがあるなどとは仰せにはならなかったはず」
 あなたさまは、すっかりお変わりになってしまった。
 春泉の頬をひとすじの涙がつたう。
 昔の―出逢ったばかりの秀龍なら、春泉を〝家〟という鳥籠に閉じ込め、そこで生涯、女の役割を果たしていれば良いなどとは言わなかった。
 身に危険が及ばない限り、いつでも春泉の好きなようにさせてくれたし、そんな自分を見守ってくれた。
 春泉の涙に、秀龍が息を呑んだ。整った貌に忽ちにして苦渋に満ちた表情が浮かぶ。
「私は、いつだって、そなたの安全を願っているし、何よりそれを優先させてきた。私が何故、そなたには女の領分よりはみ出るようなことはするなと申すか、そなたには私の気持ちが判らないのか?」
 そなたには、危険なことは絶対にして欲しくない。そなたの身を危険に晒すようなことは許せないのだ。
 その呟きに、春泉は弾かれたように顔を上げた。
「旦那さま、今、何と―、何とおっしゃいましたか?」
「何度も言わせるな」
 そう言いながらも、秀龍は照れたように口早に言った。
「そなたの身を危険に晒すようなことは絶対にしたくないし、させたくない」
 春泉の眼から大粒の涙が溢れた。泣くまいと思っても、涙は堰を切ったように溢れ出してくる。
 この方が変わってしまったなどと、どうして私は考えたのだろう。

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