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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

「勝手な言い分かもしれないけれど、私は柳家の娘として私は物心ついたときから、ずっと一人だった。歓びや哀しみを分かち合える話し相手もなく、自分の部屋に閉じこもる日々だったわ。やることといったら、一日中、乳母と刺繍をしたり、〝内訓〟(当時の女性としての心得を説いた教養書、日本でいえば〝女大学〟のようなもの)を読んだりするだけ。溜め息が出て、死んだ方がマシだとすら思ってしまうくらいの呆れるほど長くて退屈な一日を際限なく積み重ねてきたの」
 そう、自分はいつも憧れていた。大空を翼ひろげて自由に飛ぶ鳥のように、この〝家〟という狭い鳥籠から出てゆきたいと願っていた。
 乳母の存在が彼女にとっては唯一の慰めであり、心の拠り所であった。もし、玉彈が傍にいてくれなければ、春泉はとうに気が狂っていただろう。
「両親は勝手なものよ。いつもは放ったらかしにして、自分たちはせいぜい好きなことをしていたくせに、私が世間でいう適齢期になった途端、眼の色変えて嫁ぎ先を探し始めたわ。それも、私のためというよりは、すべては自分たちの虚栄心を満足させるため。父は私を礼曹判書の息子に嫁がせようとしているのよ。笑わせるでしょう? 一介の商人の娘が両班の奥方だなんて。あの人は柳家に両班の血を取り込みたいの」
 〝あの人〟と、父をまるで赤の他人のように言う自分が厭わしく哀しかった。 
 光王は何も言わない。いつものように春泉の話を茶化すわけでもなく、真剣な表情で耳を傾けていた。
「子どもの頃は、大きくなってお嫁にゆけば、それですべては解決できると思ってた。でも、ある日、気づいたの。どこかに嫁いでも、結局は同じことだって。私の母のように横柄で独善的な男を良人に持ったとしても、つまらない日常は何も変わりはしない。ただ私を支配するのが身勝手な両親から、尊大な良人に変わるだけ」
「―そうか。金持ちの娘もそれはそれで、色々と大変なんだな」
 光王がポツリ、呟いた。
 春泉は愕いて眼を見開く。
「あなたがそんな風に言ってくれるとは思わなかったわ。多分、怒られるかと思ったんだけど」
 と、光王が彼らしくもなく気弱な笑みを見せた。

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