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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

「誤解して貰っちゃア、困る。俺は何もお前の話に納得したわけじゃない。俺らみたいなその日の食い物にもろくにありつけねえ人間から見れば、お前の言い分は糞喰らえだ。何を贅沢のし放題、我が儘の言い放題してるんだと声を大にして言いてえ。だがな、お嬢さん、生きてる限り、人間には何かしらの悩みや揉め事は付きまとうものさ。お前は幸運にも、その日食うものには困ることのねえ金持ちの家に生まれたんだ。なら、不平不満ばっか言ってねえで、もうちったア、周囲をよおく見てみろよ。他人に何をして貰えるかじゃなく、自分に何ができるのかを考えるんだな」
 相手に期待ばかりしていても、何も変わらねえぜ、まず、自分から変わってゆかなけりゃな。
 光王は終わりにそう言った。
 それから、彼は淡々と続ける。
「なあ、お前は空を見上げたことがあるか?」
「空?」
 予期せぬ話の展開についてゆけない。
 春泉が眼を瞠ると、光王は笑った。皮肉げでもなく、冷めてもいない、優しい笑みだ。
「俺は何か嫌なことがあったときや悩みができたときは、河原に寝っ転がって空を見るんだ。面白いぜ」
「ただ寝転がって空を見上げるのがそんなに面白いの?」
「ああ。蒼い空にたくさんの雲が浮かんでるだろ。ひと口に雲と言っても、色んな形がある。小さいヤツも大きいヤツも。俺が大好きな蒸し饅頭みたいな形したのもさ」
 最後の部分で、春泉は吹き出した。
「あなたは蒸し饅頭が好物なのね?」
「ま、そんな話はどうでも良いが、とにかく、空には色んな形や大きさの雲がいっぱいある。で、下からずっと雲を見ていたら、その雲は風に流されて、どこかに運ばれてゆく。ゆっくりと時間をかけて、それぞれの雲はどこか自分の行くべき場所に行くんだ」
 春泉にも既に、光王の言わんとしていることが何となく予想できた。
「つまり、私たち人間も同じだと言いたいのね? どんなにあがいても、結局は行くべき場所に辿り着くと」

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