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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 柳家も、柳千福の娘であることも、母との解り合えぬ関係も、何もかも棄てて、光王と二人だけで見知らぬ土地で生きてゆく。それは、どんなに心躍る想像だろう!
 その一方で、春泉は自分がけして、そんな夢のような生き方ができないことも知っていた。
 たとえ、どのように悪し様に言われる父であっても、一向に理解し合えない母であっても、両親は春泉にとっては父であり、母なのだ。この屋敷をどんなに出たいと願っていても、現実に両親を棄てて出てゆくなんて、春泉にはできない。
 更に、金のためか光王自身が望んでのことだったかどうか別にしても、自分の母と寝た男を心から愛し、本当に受け入れられるのか自信はなかった。
 それでも、光王がいつものように冗談半分で今の科白を口にしたのではないと判る。
「ありがとう、光王」
 心から言うと、光王は綺麗な顔を大袈裟にしかめて見せた。
「何だよ、これでも一応、結婚の申込みをしたつもりなんだがな」
「け、結婚?」
 春泉がまた愕いて素っ頓狂な声を上げるのに、光王は苦笑めいた笑いを滲ませた。
「参ったな。お前、もう十六だろ? その歳なら、俺が言ったのが求愛の科白だって判りそうなものだがな。良い歳をした男と女が二人だけで見知らぬ土地へ行って暮らすなんて言ったら、そりゃア、することをするに決まってるだろ」
 と、あまりにも即物的というか現実的な物言いに、春泉はまた頬を染める。
 その時、春泉はハッとした。
 光王の微動だにしない視線を受け止めた春泉は、彼が本心をかいま見せているのだと判った。
 これでおあいこだと彼女は思った。自分もたった今、本心を、長年、心に降り積もってきても誰にも言えなかった想いを打ち明けたのだから。膝の上できっちりと重ねられた春泉の手は震えていた。
「お前は口では何だかんだ言いながらも、本心では親父やお袋を大切だと思ってるんだ。お前の気持ちはよく判った。せいぜい両親を大切にしてやりな」
 それが光王の最後の言葉となった。
 じゃあな、と、呆気ないほど潔く背を向けた彼がふと振り向いた。

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