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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

「ああ、そうだ。お前にこれをやるよ」
 光王が袖から何やら取り出して、無造作に手のひらに乗せた。大きな分厚い手のひらに、小さな指輪が控えめにちょこんと鎮座している。薄紫の薔薇は紫(ア)水晶(メジスト)、その回りを彩る緑の葉は砂金(アベン)水晶(チユリン)(印度翡翠)だろう。
「良いの? これは、あなたの商売物でしょう」
 物問いたげな視線を向けると、光王は明るく笑った。
「いや、俺が買ったもんなんだ。いつだったか、俺が市の露店をひやかして歩いてたら、同業の爺さんに無理やり買わされたんだ」
 あの時、爺さんは彼が小間物売りであるとも知らず、この指輪を押しつけてきたのだ。
―好きな娘に贈れば、効果てきめん。この紫水晶は恋の取り持ちをしてくれるからのう。
 意味ありげな眼で彼を見ながら、何やら思わせぶりなことを言って、一人で笑っていた。
 そのときの嗄れた笑い声まで甦ってきて、光王は慌てて追い払うように首を振った。
「緑の葉の方は、砂金水晶だってよ。砂金水晶には傷ついた心を癒やす効果があるとか何とか言ってたけど、俺はそういう迷信の類はあんまり信じないからな~」
 好きな女なんて、いねえって言ったのに、あの爺ィ、しつこく何度も同じ科白ばかり繰り返しやがって。
「マ、本当かどうかなんて、知らないがな。大方、俺にこれを売りつけてきた爺さんの勝手な作り話だろうよ」
 光王はたいして信じていないようだが、少なくとも春泉は、光王にその指輪を売ったという老人の話を信じたいと思った。
「大切にするから」
 早速、指輪を左手に嵌めてみると、光王は満更でもなさそうな表情で眺めている。
「―光王、一つだけ訊いても良いかしら?」
「俺に応えられることなら」
「スンジョンには身寄りとかはいないの? 私、あの娘のことについては、あんまり知らなくて。近在の村から出てきたってことだけは聞いたような気がするのだけれど」
 父が殺したというスンジョンは、父の子―春泉にとっては異母弟か異母妹を身籠もっていた。今更、何をしてもスンジョンを生き返らせることはできないが、もし、残された家族がいるならば、何か償いをしたいと思ったのである。
 光王はやや逡巡を見せた後、低い声で言った。

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