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魔境夢想華

第4章 魔物《凜視点》

『お前の“気”はさぞ甘露であろう』
何を言ってるんだ、こいつは。“美味”とか“甘露”とか意味不明なことばっか言いやがって。まるでこれから俺を食うみたいな発言じゃないか。
人間が人間を食う? そんなことがある訳がない。俺の身の回りで、そんな非現実なことがあってたまるか。


だが今、起きているこの事態をなんと説明する?
俺の前に立ちはだかるこの不吉な存在と圧迫感を与える歪な空間。自由を奪われ、今も身動き一つも取れない我が身。
それでもこいつの気に飲まれてはならない。それだけは麻痺した脳にもしっかりと伝達していた。


「お前は……何者だ……?」
震えた声で問い出せば、目の前にいる先輩の姿をした奴は何がそんなに楽しいのか、更に口端を上げ、くくくと喉を鳴らして笑い出す。
『俺は人間たちで言う“魔物”ってやつさ』
「ま……もの……?」

何を言ってるんだ、こいつは。
魔物ってよく映画や小説などに出てくる不吉な存在のことだよな?
吸血鬼とか狼男なんかがその部類。
だけど現実にそんな存在がいるなんて、そんなことある訳ないじゃないか。


でもだとしたら、今俺の前にいるこいつをどう説明する? どう見たって普通の人間ではない。確かに外見は岸谷先輩そのものだ。
だが顔付が今では秀麗なそれではなく、顔を背けたくなるような醜悪なそれへと変化している。それはこいつの言った内容を裏付けているようなものだった。

今や紅く充血した瞳で見据え、再び俺に圧し掛かるように俺の顔間近まで近付けてきた。同時に長細い舌を出し、自分の口唇を一周させるとすぐに俺の口唇を下から上へと味わうようにして這う。
「ひっ……!?」
唾液のついた舌で一舐めされ、その気色悪い感触に喉から声が漏れてしまう。

恐怖だけではない冷気に、肌は悪寒を訴え、動かない身体は小刻みに震え出す。





誰か助けて、と何度も訴えるが、密室のこの状態で誰が来るというのか。
思考は希望と失望の間を彷徨っていた。

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