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天海有紀編

第1章 1

そこへ、有紀が入ってきた。いつもより、少し出てくる時間が遅かったが、社長なのだから、時間に拘束されることはない。いつ出てくるのも自由だ。天海は、何かあったと木下に聞いた。木下は、別に何もないといった。有紀は、チリ子の方も見たが、何も言わなかった。チリ子は、少しドキッとはしたのだ。しかし、有紀は、自分のデスクに座ると、物思いでもするかのように、すぐに、外に視線を移していた。有紀は、体調が思わしくないなと思っていた。いつからだろうか。それでも、それほど以前からではない。ちょうどチリ子がマネージャーになった頃からだった。そう思って、チリ子の方をまた見た。チリ子は、やっぱり私のこと怒っているんだと思った。仕事もないのに、デスクで、近くにあった紙を見ていた。有紀は、でも、この子は関係ないわよね。いくら出来が悪いっていったって、大きな失敗はしていない。ただ、出来が悪いだけ。それだけで、こんなに私の調子が悪くなるほど、精神的な負担にはなっていないと思うと、また視線を外に向けた。いったい何なんだろう。そういえば、裕太のパン屋も、売り上げが伸びていなかったと思った。あの子、よく自分で食べているのよねと思うと、裕太が、サンドイッチをしゃがんで食べている姿が、頭の中に映像になって出てきた。でも、それでもないなと有紀は思った。

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