
Memory of Night2
第3章 名前
そう尋ねてしまってから思う。
『本当のお母さん?』なんて聞き方はあまりよろしくないのかもしれない。
血の繋がりがなくたって、志穂は立派な母親だ。宵にとっても彼女にとっても。
けれども宵は気にしたふうもない様子で、頷いた。
「そう」
「じゃあ、彼女が呼んでた神谷って名前は」
「……俺の旧姓だよ」
それは晃にとって、衝撃だった。
宵の旧姓。初めて耳にする名だ。
宵の家庭事情はある程度聞いていたし、志穂が義理の母親だということも聞いてはいた。
けれども、それ以前のことは。志穂に出会う前のことは何も知らないのだ。
ふいに宵が困ったような笑みを浮かべ、言う。
「多分はすみは知らねーんだろうな。両親のことも俺の名字が変わったことも」
「最近こっちに帰ってきたんじゃ無理ないよ。俺だって……神谷なんて名前初めて聞いた」
「言ってなかったっけ? おまえにはいろんな事情全部話してる気がしてたんだけど」
晃は黙って首を振る。
「……そっか」
宵は目を閉じ、風に溶けるような声量でつぶやいた。
「……俺も、忘れてた」
