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触って、七瀬。ー青い冬ー

第8章 初夜の残像


高梨は優しかった。

無愛想で人付き合いが下手で苦手で、
話もろくに続かない僕に、懲りずに構ってくれた。

何故だろう。

「僕、酔った勢いで唯一の友達にやられて」

「はぁあ!?」

翔太さんは急ブレーキで止まった。
赤信号だった。

「…君達未成年だよね」

「飲んでたのは相手だけなんです。
僕はその友達が好きだから…だから、嫌じゃなくて、大人しく犯されて…いようと思ったんですけど」

信号は変わらない。

「その友達は彼女がいて、
その友達は完全に遊びでやってて、
でも僕は…」

本気だった。
そう言ってしまえば良かったのかな。

でも、言ったら友達未満どころか、避けられてしまうかもしれない。

そもそも高梨は昨日の夜のことをきちんと覚えてるかな。酔って全部忘れてるかも。
その方がいいな。何もなかったことにしたい。

以前の、少し前のように、高梨はただの隣の席の人気者で、僕は平凡な生徒、ただの顔見知りになるだけ。

僕が黙り込むと、翔太さんは聞いた。

「でも、夕紀はその子を恋愛対象として見て好きだった?」

ミラー越しに翔太さんと目があった。


「…」



僕はまた窓の外を見た。

信号が青に変わって、車が動いた。

雲がない晴天の下を走る。
どうして気持ちをはっきり言えないんだろう。言ってしまったら楽なのに。

終わらせてしまえば、
心の中の黒い影は消えていくのに。

こんな風に、曖昧なままの関係を保って、一体どうしたいんだろう。

そう聞かれたところで、じゃあ言います。
なんて決められる程、僕は強くない。


「…その友達、すごい才能がある人で、
とにかくいつも笑顔だし、人気だし、
それでも、苦労してるところ見せない努力家で」


昼休み、高梨は誰もいない冬の体育館へ走る。

そこでシュートの練習をしている。

ゴールをあの綺麗な目でじっと見つめて、
ボールを決まった綺麗なフォームで投げ込む。

僕は高梨のシュートを見ると、夏の風を体に受けたような爽やかな感動を覚える。
心地いいネットの揺れる音とともに。

「優しくて」

高梨が僕に掛けた言葉は多すぎて全部は思い出せない。でも、どれも僕を傷つけたことはない。


《お前が辛そうだから聞いてやるって言ってんの》


強くなりたい。
高梨といるとそう思った。


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