触って、七瀬。ー青い冬ー
第1章 七瀬夕紀の感傷
…
「七瀬?」
「あっ」
僕は夢を見ていたみたいだった。
隣には高梨がいた。
目の前にはグランドピアノ。
「大丈夫か?すごい汗かいてる」
「あぁ、うん。大丈夫大丈夫」
僕は笑った。
「じゃあ…もう一回やろうか」
僕は手を鍵盤に乗せた。
すると、高梨は立ち上がった。
「いや、もう終わりにしよう」
「でも、来週発表だって」
高梨は、来週のコンサートでピアノを披露する予定らしい。なんのコンサートなのかよくわからないが。
「時間はまだある」
「そうだけど」
僕も立ち上がった。
「それより、まだ答えてない」
高梨は僕を見た。
「え?」
僕はその時、自然に高梨の目を見ていた。
「何でお前がピアノを弾いてるのか、
質問しただろ」
「あぁ…」
僕はまた夢を見た。
…
空は真っ暗になっていた。
人の声さえ聞こえなかった。
「やめて…ください」
僕は、暗い公園の隅にいた。
地面に尻餅をついたまま。
「いいから脱げ」
5人の男子が僕を囲んでいた。
見世物を見ているように、面白そうに笑っていた。
僕はどうしたらいいかわからなかった。
でも、こうなっている理由はわかった。
「知ってんだよ、お前がホモだって」
笑い声が響いた。
どうしてそんなことがわかるんだろう。
僕でさえ知らなかった。
僕はそう呼ばれるべき人間なのか?
それがなにか知らなかった。
…
「僕は、知りたかったんだ。
自分が何なのか。」
少し驚いた。
あの頃のことが、こんなに昔のことのように感じられるなんて。
そして、今はとても幸せなんだと思った。
「そんなことがピアノを弾いてわかるのか?」
高梨は僕を見た。
「…いや、わからないよ」
僕は首を振って笑った。
僕はなにも変わっていない。
なにも分かっていない。
なにも知らない。
あの頃のことはまだ、笑い話にはできなかった。それでも、平静を保てるだけでも成長したと思う。前までは思い出すと正気でいられなかった。
「七瀬、なんか俺色々と勘違いしてた」
高梨は探るような目で僕を見た。
「何を?」
「お前って意外と人間っぽいんだなと思って」
「なんだそれ」
言われて嬉しい言葉じゃない。
「いや、とにかくありがとう。
またよろしくな」
高梨は僕の肩を叩いた。