触って、七瀬。ー青い冬ー
第8章 初夜の残像
「でも、お父さんは夕紀に立派に育って欲しかったからこそそうしたんじゃないの?
無関心なら、本当に、口出さないと思うよ」
夕紀はふっと肩を揺らして笑った。
「そうだったら良かったです」
両親の話をしていて、こんなに荒んだ表情をする子は今まで見たことがない。
「でも、父は僕の人生がどうとか、
僕の将来がどうとか、そういうの気にしてないんです。ただ、自分が正しいと思ってるから、自分の生き方が正しいと思うから、その正しさを僕に押し付けてるだけなんですよ。
よくありますよね。公務員とか安定した職業に就きなさいって言う親と、歌手とか小説家とか、難しくて不安定なものを目指す夢見がちな子供の話。
そういう親は多分、本当に子供が苦しむのが嫌だからそう言ってるんだと思います。
でも父は違った。
僕が例え教員とか、警察官とか、立派な職業につこうとしても、認めないと思います。
自分の職業が一番だと思ってるんでしょうね。最近は僕の出来の悪さに諦めかけてるのか、ピアノの仕事を勧めてきたんですけどね」
それで葉山先生に会って…
そうだ、元はと言えば、全部父のせいじゃないか。葉山先生と僕を会わせたのはあの人だ。
「そっか。…母親は?」
「母は…父よりも無関心でした。
僕とは目を合わせないんです。
小学校の低学年くらいまでは普通に話してたような記憶はありますけど、
気づいたら話さなくなって。
月に一度くらい、僕にお小遣いを渡すだけです」
夕紀が寂しいと言うのは、
そういうことだったのか。
「お母さんは何も言わないの?お父さんの考え方に」
夕紀は首を振った。
「母は父の考え方に意見することはなかったです。いつも、僕と同じで、ただ従うだけでした」
母はなぜ、あんな父とも結婚したのだろう。いつも疑問に思っていた。
あの人の何が良かったのか、と聞きたいくらいだが、どうせ聞いたらさらに気が滅入りそうなのでやめたほうがいい。
「父も母も、僕を子供としてみてくれませんでした。
かわいがるとか、甘やかすとか、そういうことが全く記憶になくて、
僕はいつも他人行儀に敬語で話してました。
家でそんな風だったから、話すのは疲れることだと思ってしまって、人と話すのがだんだん苦しくなりました。
人と話すのが苦痛でした」