触って、七瀬。ー青い冬ー
第8章 初夜の残像
「人と話すのも、自分の意見を伝えるのも、だんだん意味がないことじゃないかって思ってきて、実際、僕は全然口を開きませんでした。」
くだらない、つまらない。
人を侮蔑して、自分も卑下して、
一体何が正しいのか、何が良いのか、
どんどんわからなくなった。
「翔太さんに言っても理解できないかもしれないけど」
翔太さんはうつ伏せになって、枕に顔を乗せた。
「俺も全然喋んなくなった時あるよ」
翔太さんは寡黙ではないけど、
口数が多いわけでもない。
いつも柔らかい口調で、それでも芯がある。
僕にはそれが大人に見えたし、
しっかりしていて、社交的に見えた。
でも、そんな翔太さんにも僕のような経験があるとは予想もしなかった。
「俺さ、色々あってすっごい落ち込んだっていうか、人生詰んだなって思った時があったんだよね。中3の頃からかな。
受験勉強死ぬ気でやって、今からすればそれほど大変じゃなかったはずなんだけど、
その頃はすごい辛かった。中学生ってやっぱまだ子供だし、どうしてもこの高校じゃないとっていうプレッシャーとか。
本当なら、高校なんてそんなに重く考えなくて良いはずなんだけどさ。
それで、高校入ってからも成績は良くなきゃいけないし、バイトも土日全部潰してやらなきゃだったし、とにかく忙しかったんだよ。
それで…なんかなぁ、つまんなかったな。
高校生活。
早く今日が終わってほしい、でも、
明日は来ないでほしい。
そんな感じ」
翔太さんはふーっとため息をついて、僕の肩に手を置いた。
「君みたいに親が厳しかったわけじゃないんだ。むしろ優しすぎたから辛かった。
もっと叱ってくれたら楽だったよ。
叱ってもらえないから、自分で自分を叱るしかなくて、それがもっと苦しかった。」
翔太さんは仰向けになって天井を見上げた。その横顔は、誰かに似ていた。
誰だろう。わからない。
でも、その横顔を見るだけで、どうしてこんなに苦しくなるんだろう。
綺麗な唇は紅く、柔らかく微笑んでいた。
「でも、俺頑張ったなぁって思える。
今、こんなんだけど。
あの頃、必死で生きてた。
自分の時間は犠牲にしたかもしれないし、
苦しくて辛かったけど、つまんなかった日々だけど、それも無駄じゃなかったかな…」
翔太さんは僕を見上げた。