触って、七瀬。ー青い冬ー
第9章 木村千佐都の不覚
コンコン、と扉がノックされた。
「…はい」
「忘れ物したんで、取りに来たんですけど」
その声は、多分、あの人だった。
「どうぞ」
私は急いで片付けて、折っていた紙を全部
箱の中に押し込んだ。
ガラガラ、と後ろの扉が開く音がして、私はなるべく自然に、前の扉から部屋を出ることにした。
あの人とは会いたくなかった。
私が入れ替わりで扉を開けた時、カサ、と音がした。
振り返ると、高梨伊織が、転がっていたくしゃくしゃになった紙くずを拾い上げていた。
…うそうそうそ
私は早足で近づいて、今まさに開かれようとしてる紙くずをその手から奪った。
息が上がるほど焦っていた。
「ごめんなさい。これ私のメモだから」
まだ中は読んでいなかったから、救われたと思った。
高梨伊織にわざわざ近づいてしまったのは大誤算だけど、この中身を読まれるよりマシ。
「…じゃあ」
私はぎこちなく会釈してその場から離れた。柔らかい、蜂蜜みたいな甘い香りが流れていた。
「千佐都」
私の足が、勝手に止まった。
この懐かしくて、ずっと低くなってしまった優しい声は、誰の声だろう。
私が振り返ると、高梨伊織は私を見下ろして立っていた。
なんでそんな目で私を見られるの?
私は高梨伊織にだけは、本心を隠せなかった。
「それ、本当は何?」
高梨伊織はわかってる。
すべて。
私の作り上げたイメージや、私のすべての振る舞いに隠されたものを見抜いていた。
それは、小さい頃から変わってない。
細い切れ長の目とか、高く通った鼻筋とか、見透かしたように笑ってるその唇とか。
何も変わってない。
「…ほっといて」