触って、七瀬。ー青い冬ー
第9章 木村千佐都の不覚
「でも、お前がここに入ってたなんて知らなかったからびっくりした。
本当に勉強頑張ったんだな」
伊織は元々、街の中心に近い方の高校に行っていた。私は伊織がどこに行くか気になっていたから知っている。
でも伊織はやっぱり私のことは気にしてなかったみたい。
「頑張ってなんかないけど」
私は強がりだった。
見栄っ張り?
なんでもいいけど、伊織にはばれてる。
「ふーん、すごいな」
伊織はまたからかってる。
それが懐かしくて、少し嬉しいとか思ってる。
「人って、誰探してたの?」
思い切って聞くことにした。
私じゃない、とはっきり言われて少し傷ついた仕返し。
「お前は知らないと思うけど」
「いいから、誰。どこのクラス?」
伊織は耳たぶを触った。
「…いなかった」
伊織はそう言って、落ち込んだ様子で椅子に腰掛けた。
「いなかったって、ちゃんと手がかりがあったからここに入ったんでしょ?」
ここに編入するのは簡単じゃなかったはず。そこまでして探したかった人って誰?
「あった。部活の大会で、朱鷺和学園に名前があった。
けど、名前が同じ別人だった」
「…馬鹿じゃない?」
私は思わず笑った。
だって、伊織はよくそうやって早とちりして小さい頃から怒られてたから。
「笑い事じゃねぇから!」
そうやって怒るから、また笑ってしまう。
でも、笑ってる場合じゃない。
「その子、なんで探してるの?」
伊織は両の手のひらを見つめて言った。
「約束したから」
伊織は手のひらをそっと結んだ。
「何才だったかよく覚えてないけど、
その子と約束したんだよ。
今思えば馬鹿みたいな、
ガキの口約束で」
伊織は笑いながら言った。
「でも」
そこまで言った口は突然閉じられ、その先は言おうとしなかった。
「…この話、終わり」
「え?」
勝手に終わらせないでよ。
どんな約束?
その子はどんな子?
私より可愛かった?
伊織が話しながら見せる表情でわかる。
その子は伊織の中の特別な秘密。
私には話したくない?
話せない?
ねぇ、教えてよ。
そんな風に問い詰めたら、伊織はきっともっと口を固く結んでしまう。
でも、そんなことを考えついた頃には、口に出していた。
伊織は私から目を逸らした。
またやってしまった。