触って、七瀬。ー青い冬ー
第9章 木村千佐都の不覚
私はいつもこうだった。
小さい頃から。
伊織だけじゃない。
誰に対しても。
相手の気持ちを考える前に、自分の中で生まれて膨らんだ水風船みたいな思いを相手に投げつけてしまう。
その水風船で、相手がびしょ濡れになってしまって、私は後で気づく。
余計な、わがままな、独りよがりな言葉だった、と。
だから、私は演じることに徹底してきたのに。
私は、素の自分で、無防備に人と接したら本心を投げつけてしまう。
水風船が膨らんでいるのに気づかない。
だから、私は自分の中の気持ちを他人のもののように、水風船を奥の方に押し込んで、自分の中で潰してしまう。
そして、台詞を頭の中で作成して、
表情を用意して、抑揚もしっかりつけて、
まるで女優みたいに。
私はいつも即興で演技している女優だった。
それもこれも全部、傷つかないため。
自分の本心で相手が離れていくのを見て、
その冷めていく目を見て、傷つかないため。
「お前さ」
伊織は座り心地の悪そうなその椅子から立ち上がった。伊織の目は見られなかった。
きっと呆れた目で、その綺麗な冷たい目で、馬鹿な私を見るんでしょ。
「…ごめんなさい」
私はどうしていいかわからなかった。
でも、問い詰めるべきことじゃないなんてわかりきっていたし、伊織が嫌がるのもわかりきっていたことくらいは、理解して欲しかった。
だけど、謝ったら何か、変わる?
「別に、謝る必要ねぇから」
伊織は予想とは違い、困っている様子で、首の後ろに手を当てた。
良かった…
伊織は怒ってない。
でも、それよりずっと悪かった。
「だけどお前さ、人の気持ち考えてます、みたいな態度やめたら?」
伊織は怒ってない。
でも、困ってる。
「お前に言ったよな、何回も。
愛想笑いもそう、良い子ぶりもそう。
こうしておけば、こう言っておけば、
とりあえず相手は傷つかないだろう、
自分を悪くは思わないだろう、
そういうの。」
…いくら相手が伊織でも、
私は我慢できなかった。
私の苦労も、努力も知らないくせに。
伊織は何もわかってない。
「何、どういう意味?私だってちゃんと」
「考えてる、って?」
伊織は笑った。