触って、七瀬。ー青い冬ー
第9章 木村千佐都の不覚
「わからないって、そう言えば?」
伊織はまた、真面目な顔で言った。
目が真っ直ぐに私を捉えていた。
「自分の気持ちもお前の気持ちもわかんねぇって言えば?」
私はまだ伊織を睨んでいた。
「人はわかってないのにわかったような態度取られるのが一番ムカつくんだよ。
特にお前みたいな奴に。
お前他人が馬鹿だと思い込んでるし、馬鹿なら何でも考えてることわかるみたいなのが一番うぜぇ」
「そんなの…」
わかってる。
「だったら素直に本心言えっての」
これ、と言って、伊織は片付けられていたあの箱を取り出した。
「俺の忘れ物」
そういえば、伊織は忘れ物を取りに来たといってここに来た。
「忘れ物って…目安箱取りに来たの?」
伊織は私に目安箱を差し出した。
私は訳もわからず、受け取った。
「もう意見書は見たけど」
「意見書ってそれ、どうせ悪口とかなんか入ってたんだよな?お前のことだから、
よくお読みにならなかったんでしょうが」
「ちゃんと読んだわよ」
「ちゃんと、ねぇ?」
伊織は私の手の中にある丸められた紙くずに目をやった。
思わず背中に隠した。
「だって…こんなのまともに読んでたら馬鹿みたいじゃない」
可哀想、なんて言われて。
「馬鹿はどっちだよ」
伊織は優しくなんかない。
言いたいこと思ったこと、全部言ってしまう。
でも、それができない私は優しいの?
…伊織は私より何倍も立派な人間だった。
そう認めるけど、やっぱり納得したくない。
「いじめられてる私が悪者にされるわけ?」
「いや、いじめる方が100%悪い」
私はびっくりした。
だって、伊織は私を責めてばっかりだった。
「じゃあ」
「でもお前の場合、いじめられる理由がはっきりわかってんじゃん。
お前の悪いところも、多々ある」
十分お説教なら聞いた。
「そうやって丁寧にご意見までくださってるんだ。しっかり改善してみたらいかがですか、千佐都様?」
伊織は酷い。
「本当に…」
私は目安箱の中身を思い出した。
溢れるくらい沢山の、丁寧に折った憎悪の紙切れ。
あれを見て、はいわかりました、改善しますなんて。
「って言っても一人でやったら意味ないから」
鍵、と言って差し出された手。
2年近く会っていなかった伊織は、ずっとずっと大人になっていた。