触って、七瀬。ー青い冬ー
第10章 夜明けの水平線
教会の扉に隠れて、こちらを伺っている。
『ピアノ弾けるの?』
ピアノについて語り合う友達はいなかったので、良い機会だと思った。
その子はうなづいた。
『弾けるけど…そんなに好きじゃない』
『なんで?』
『お母さんが弾けってうるさいから』
『ふーん』
好きじゃないのにやらなきゃいけないなんて、気の毒だなと思った。
でも羨ましいと思った。
俺は好きでもここでしか弾けないのに。
『君、名前は?』
その子は少しずつピアノに近づいた。
その子の目は何故か潤んでいる。
『ななせゆうき』
『へぇ、よろしく』
『そっち…は』
その子の目が潤んでいるのは何故だ。
ただの会話なのに。
それに、やけに怯えてるような、怖がってるみたいな不安げな表情だ。
『なんでしょうか』
俺なりの、少しでも打ち解けようとしての配慮だ。
『わかんない』
『当てないと教えない』
その子は引っ込み思案で、もじもじしていて、なんというか、絡みづらいタイプだった。俺もそこそこ意地悪だった。
『なんで…』
俺はふざけてそんな下手な問題を出したのだが、その子は本気で受け止めてしまったらしい。
涙目の目がさらに潤んでいく。
『教えてくれないの?』
その時だろうか、俺の中のS気質が弄られたのは。その子が可愛くて、多分、よくある好きな子いじめ。
『教えない。これ弾けたらいいけど』
月の光。少し難しくて、長い間練習している曲だ。
『…わかった』
その子、ゆうきは真剣にうなづいて、走って帰っていってしまった。
冗談だったんだけど。
その子が本気なのかわからないが、もし本当に練習して聴かせにくる気なら、聴いてあげないと。
でも、それは一体いつになるんだ。
結局、その子はいつまで待っても来なかった。