テキストサイズ

触って、七瀬。ー青い冬ー

第10章 夜明けの水平線



七瀬夕紀と初めて会ったのは、2年7組の教室。



「初めまして、高梨伊織です。
できれば下の名前で呼んでほしいです」



そう言いながら、教室を見回した。
七瀬夕紀を探した。



…どれだ。



一通り挨拶を終えると、一番後ろ、窓際の席に座る生徒に目がいった。


頬杖をついて、つまらなそうに窓の外を見ていた。


長い睫毛が揺れていた。
白い肌は灰色がかった髪の毛によく似合って、黒縁の眼鏡がその目を強調していた。



名前を黒板に書いて振り向くと、
冷めた目がこっちを向いていた。


じっと俺を見ていた。
なにかを観察しているみたいだった。


俺も目を合わせて、少し微笑んだ。

その隣の席が空いていて、俺はその子の隣なんだと分かったから。

微笑むと、その子は目を逸らして、また窓の外を見た。

恥ずかしがりで、引っ込み思案。


その子の耳が赤く染まっていたのには、
気付かなかった。




「おはよう七瀬」



「…はよ」


七瀬は無愛想だった。
可愛い顔に似合わず、冷めた目は時折俺を固まらせた。

でも、その子が七瀬夕紀、
俺が探していた人だった。

俺は何度も話しかけて、七瀬はそれを面倒そうに受け流した。

ピアノのレッスンを機に七瀬が本当にその人だと思うようになったし、七瀬はピアノの話をして打ち解けた。


七瀬のピアノが好きだ。


月の光、それは七瀬の白銀の世界を象徴するような、優雅で美しい、悲しみの中の小さな喜び。


ほろほろと崩れ落ちる音の波は、
俺の涙を誘うように、
あの頃の日々を思い出させるように、
深く胸を打った。


音が、音の波が、俺をさらっていった。









「あっ…んっ、ん、や」


七瀬に触りたかった。

香田の言葉で俺は、考えざるを得なかった。

俺は七瀬が好きなのか。

「い、おり…」


震える声は俺の名前を呼んでいた。

耳を撫でると揺れる肩も、高くなる声も、
全て、綺麗だった。


七瀬と触れ合っている間、俺の頭の中には月の光が流れた。


今までいたような、女とは違うけど。

これは、許されない感情かもしれない。


でも、七瀬の潤んだ目が俺を見るとき、
それはただのセックスや、欲望にまみれた快感のやりとりなんかじゃなくなる。


それは、美しい海のようだった。

美しい空のようだった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ