触って、七瀬。ー青い冬ー
第10章 夜明けの水平線
息ができなかった。
なぜ僕は謝っているのか、なぜこんなに息が苦しいのか、ずっと考えてる。
「そちらの方は、どちら様?」
母親は、翔太さんに聞いた。
「えっと、お店で…知り合いまして」
「どのようなお店なんですか?」
「レストランです」
翔太さんとも別れないといけないのだろうか。
「そうですか。今までご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ございません」
母親は頭を下げた。
「いえ、僕は何も…」
「夕紀君、帰りましょう」
母親は僕の腕を引いた。
まるで容疑者を連行するみたいだった。
もっとも、母にとっては僕はその程度の人間かもしれない。
「お母さん、夕紀君はとてもショックを受けていて」
「ええ、分かります。きちんと話は聞きますから」
僕は重い足を引きずって母親についていった。
翔太さんが離れていく。
大好きな翔太さんが…
「本当に、何をしたか分かっているんですか?夕紀君。あなたは1週間も学校を休んで、おまけにどこにいるか連絡もしないで、あんな怪しい人のところで………」
先生とのことについては、何も聞かれなかった。
母はきっと、何もなかったことにするつもりなのだろう。
…それで良いや。
良かった。
母は何も言わず、僕をタクシーに乗せた。
「お父さんは無事に釈放されたわ。
起訴も無いそうよ。
葉山先生も、快方に向かっているって」
母はそれだけ、ポツリと言った。
何十分も、母は黙って前だけ見ていた。
胃が痛んで、頭は締め付けられるような鈍痛に襲われた。
僕はこれから処刑でもされるような気分だった。
実際、処刑といっても変わりなかった。
家に帰ると、父が座って待っていた。
僕の膝は震えていた。
この後、受けるであろう叱責、強いストレス、恐怖、苦しみ…
全てを想像して、パニックになった。
僕は何を言えばいいのだろう。
先生とのキスを見た父が、僕にどんなことを言うだろう。
「座りなさい夕紀。…お前も」
父は母のことも座らせた。
家族3人、こんな風に揃って座るなんて久しぶりで、
居心地が悪かったし、
息苦しかった。
吐き気がした。
早くこんなところから逃げ出したかった。