触って、七瀬。ー青い冬ー
第10章 夜明けの水平線
「夕紀、きちんと答えなさい」
ここは法廷か?
父が弁護士になった理由がよく分かった。
僕を裁くためだ。
「…はい」
父は僕のことを刺すような目で見た。
「秋人がお前に無理矢理したんだな?」
秋人、とは葉山先生のことだ。
今まで先生と呼んでいたのに、父の中ではもう容疑者扱いだ。
「…」
ここで、僕は頷くべきなのだろう。
そうです、先生に無理矢理されたと。
先生はきっとそれでいいと言うだろう。
悪いのは私だ、と僕を庇うだろう。
僕も、その方が都合が良い。
誰も僕を責める人は居ないはずだ。
僕は哀れな被害者になり、先生は非道な犯罪者になる。
父は先生や、その妻である妹とも縁を切り、僕を彼らから遠ざけるだろう。
僕はもともと先生を嫌う素振りを見せていたのだから、それはごく自然で、筋の通った話だ。
「そうなんだな?」
僕は確かに頷こうとした。
確実に、間違いなく、父の言い分を受け入れようとしていた。
僕のためにも、先生のためにも。
先生はずっと、僕と一緒に苦しんでいたのだ。
僕も先生も、互いに依存していた。
僕は親のような先生に、
先生は性の対象としての僕に。
僕と先生は不純な関係だった。
先生は僕から離れようと決意していたし、
僕もそれを受け入れる準備ならできていた。
「夕紀君、そうなのよね」
母は父の言葉を繰り返した。
それで気がついた。
この人達は、僕を守ろうとしているのではないことに。
「はい」
父と母は心底安心したように背を椅子にもたれさせた。
「あの男、慰謝料を払う余裕はあるよな」
「あなた、妹さんは大丈夫なの?」
「あいつも秋人には愛想を尽かしたみたいだ」
「あまり周囲に知られないように、事件にしないほうが良いでしょう?」
「あの男を放っておくのか?
10年以上も騙されたんだぞ」
「見逃せとは言わないけど、葉山さんとは親戚でもあるのよ。
うちの病院にまで情報が流れたら私の信頼が落ちるかもしれないの」
「考えすぎだろう。こっちは被害者で、
縁を切れば他人なんだ」
「貴方だって、相手は妹さんの夫なのよ。
自分で担当しようとは思っていないでしょうね?」
「…そうだな。
ここは他に任せた方がいい」
「学校には伝えないでおきましょう。
きっと都合が悪いわ」