触って、七瀬。ー青い冬ー
第11章 薔薇の蜜
七瀬は懲りずに、また足を振り上げる。
でも、また床につけてしまう。
「手伝う?」
「…いい」
七瀬は床を見つめたまま言う。
「遠慮しなくて良いよ」
俺も、口調がどこかぎこちなくなる。
これでも、かなりふつうに話そうと頑張っている。
「足持ってやるから」
七瀬の右の足首を持つと、七瀬は反射的に足を引いた。
「っ…」
その表情は、驚いているのか、怯えているのか…
気安く触ってはいけない、
そう言われたようだった。
「…いいって」
七瀬は俺を避けているのだろうか。
それとも、触れられるのが怖いのだろうか。
どちらも否定できない。
俺はそれくらい、酷いことをした。
「悪い」
「…謝んなくていいけど」
先生が笛を吹いた。
「できない奴は手伝ってもらえよー。
できた奴は次の技ー」
七瀬はまだ一人で倒立の練習を続けている。
俺が9月に転入してきたとき、七瀬は今のように、いつも一人だった。
みんながペアを組んだり、グループを作っていても、七瀬はいつも一人。
誘う人もいないわけではないのに、
それも断る。
そうなると誘う人もいなくなって、
結局一人。
先生に心配されても、どこかに入れと言われても、一人。
「七瀬ー、そろそろ次行けよー」
「…はい」
先生が見兼ねて声をかける。
七瀬はまた、足を振り上げる。
多分、このままいけばできるようになるだろう。
でも、それは後どれくらいかかる?
「七瀬」
名前を呼ぶのが、とても懐かしく感じる。
1週間は、1ヶ月のように長かった。
「…」
七瀬は足をついて、動きを止めた。
「今日は補助ありでやって次に進めよう」
「…わかった」
その声は多分、落ち込んでいる。
「足、いい?」
「…うん」
今度は、抵抗なく足を預けられた。
七瀬の足は細いが、重い。
「せーの」
3秒上に足を伸ばして、下ろした。
「…ありがとう」
七瀬は眼鏡を触った。
「どういたしまして」
眼鏡、無い方が良い。
…でも、それは俺だけが知っている顔にしておく。
「倒立なんて、
できなくても生きていけるよ」
俺は沈黙を埋めるように言った。
「できるやつが言うとムカつく」
七瀬は運良く噛み付いてくれた。
「必死にフォローしてんだよ」
「いらないし」