触って、七瀬。ー青い冬ー
第11章 薔薇の蜜
「ありがとうございます。
佳奈さんのおかげです」
「やだぁ、伊織君って本当に良いこと言うんだから」
お客さんはなんでも褒めてくれた。
俺の顔、身体、歌、ピアノ、喋り。
「私、本当に大ファンで…大好きです」
涙ぐんでそう言う人もいた。
そんな、健気で可哀想な、絶対に俺が好きにはならないお客さんにはハグをしたり、手の甲にキスをしたり、とにかくサービスした。
ごめんね、好きにはならないけど、
お礼に。
お客さんはそれが良いって言うし、
俺もそれで喜んでくれるなら良いやと思うし
お互い、これは仕事で、演技だとわかった上で、俺は商品だとわかった上でやってることだ
七瀬がいなかった1週間、俺は街に戻ってステージを続けた。
寂しさを少しでも埋めようと思った。
拍手や賞賛はエネルギーになるし、
俺は調子に乗るのが得意だから。
お金をたくさん稼いだ。
有り余るくらい。
麗子さんに返す金額も、もう残りわずかで
もうすぐ、このステージの金は全部自分の収入として入ってくる。
…どうやって使う?
何に使う?
やりたいことならいっぱいあった。
世界一周旅行して、観光地巡りして、
高級料理食べたり
服とか時計とか、高いものを買い揃えたり
家具を増やす?
ピアノも、もう1グレード高いものを揃えられるかもしれない。
でも、全部一人じゃ意味がない。
旅行は好きだが、一人は嫌いだった。
買い物は、一人だと余計なものまで買い溜めるし
ピアノだって、何台あっても一人で弾くなら一台あれば他は要らないし
誰か、全部一緒にやってくれる人はいないか。