触って、七瀬。ー青い冬ー
第11章 薔薇の蜜
“ なんで、それ ”
俺はとても驚いた。
みんなのものだと言われたそれが、
兄貴の手の中にあることに。
“ あのツリーを出してたお店の人に頼んだんだ。
片付けを手伝ったらくれるって言って ”
兄貴はそう言って、笑顔でその星を見せた。
“ 伊織、ずっと欲しがってたでしょ ”
兄貴は俺になんでもくれた。
この後怒る不幸な事故、
二人のいなくなった後も。
自分の時間や、自分の大切なもの、
色々なものを犠牲にして、
俺にくれた。
“ …もういらない ”
“ え? ”
“ にいにあげる ”
兄貴は、俺の手にできないものをいつも自分のものにして、それを俺にくれた。
でもそれはつまり、俺のものではないということで、俺は兄貴より劣っているということだった。
兄貴は完璧で、俺はその恩恵をうけていた。
“ あの高梨の弟?よく似てるなぁ ”
“ 高梨って、全国行った弓道の? ”
“ 三年連続学年トップの人でしょ ”
“ いや、高梨っていえば… ”
どこへ行っても、俺は高梨翔太の弟だった。兄貴は完璧で、非の打ち所がない。
俺にはそれを超えることはできないし、
似ているのは見た目だけだった。
“ 高梨の弟 ”
みんながそう言った。
自分の名前にくっついている、高梨という文字が嫌になった。
そんな鎖がなければ、俺はきっと自由で、
高梨翔太という呪縛から解放されるのに。
“ …伊織です ”
俺には伊織という名前がある。
弟じゃない。
俺は自立した人間だ。
いつまでも兄貴のオマケじゃない。
父さんも母さんも居なくなって、
二人だけになって。
それがまた、俺を苦しめた。
“ いお…り ”
ガタン、と玄関で大きい音がした。
何か大きなものでも落としたのだろうか。
“ おい、何して…”
日付が変わって久しい夜中だった。
玄関で翔太が倒れていた。
“ 兄貴!”
翔太は深夜までバイトをして、生活費、俺の学費まで賄っていた。
“ ごめん…”
翔太は掠れた声で呟いた。
“ 兄貴、疲れてるならもうやめろって、
言ったよな。俺も働くって”
“ お前はだめ、普通に生活してれば良い ”
兄貴が大嫌いだった。