触って、七瀬。ー青い冬ー
第11章 薔薇の蜜
廊下を走って行った高梨の背を、
怒りに震える目が影から見つめていた。
「…伊織のバカ」
木村千佐都は、作法室の押入れから体を引っ張り出した。
最初から、全部聞いてしまった。
七瀬夕紀と伊織が、ただの友達じゃなく、
キスまでする仲だったなんて。
違う。あれはキスなんてもんじゃない。
伊織は綺麗な首筋を愛おしそうに撫でて、唇で、恥ずかしいくらい丁寧に愛して。
私とは扱いがまるで違う。
あんな風に、愛おしそうな表情で触れられたことなんて一度もなかった。
七瀬夕紀がされていたように、
優しくとろけさせるように、
熱をだんだんとあげるように
じっくりと、ゆっくりと
長い指に愛されてみたかった。
それでも二人の妖艶な雰囲気は画になっていて、悔しいけど見入ってしまった。
…伊織から七瀬夕紀という言葉を聞いてから、怪しいと思っていた。
伊織は教会で会ったという、
運命の相手のように神格化していた
七瀬夕紀を、女だと思っていた。
それはつまり、伊織の10年来の片想いをしていた相手で、
その子を追って転校までして
でも、それが男だとわかったと聞いた。
それで私は安心していたし、
相手が男なら二人がくっつくなんて、
絶対にあり得ないと思っていた。
…でも、性別なんかに縛られていた私が馬鹿だった。
伊織は元々、男子と女子で対応を変えない。
それが人たらしと言われる所以でもある。
だから、男が伊織を好きになったって、
伊織が男を好きになったって、
全然不思議じゃなかった。
それにあの七瀬夕紀とかいう男の子。
すごい美形だった。
肌は白いし、小顔で鼻も高くて
目は少し眠たそうな垂れ目で大きくて
唇は紅を引いたみたいに紅くて
障子を背にして座っている姿に見惚れてしまった。
あの子が七瀬夕紀だなんて
知りたくなかった。
今まであの子のことを何度か見かけていて、すれ違うたびに目で追ってしまっていた。
私って面食いなんだなって思った。
あの人の冷めている目が好きで
でも、近寄りがたい雰囲気に憧れてたのに
それなのに、それなのに、
あの子が私の恋敵だなんて
冗談でしょ?
「敵うわけ…ないじゃない」
…………