触って、七瀬。ー青い冬ー
第11章 薔薇の蜜
…流す?
ピロン♪
《 音声ファイル: 保健室の吐息 》
また、こんなもの引っ張り出してきて。
「あ…の、バカ」
僕は怒りに震えてスマホを握りしめ、
振り返った。
なるべく僕だとわからないように俯いて歩き出したが、
僕が七瀬夕紀だと、そこに集まっている全員が知っているのもわかっていた。
「おはよう、七瀬」
高梨はいつもみたいに、ムカつくくらい高い位置から声をかけた。
想像以上の観衆が集まっていた。
下手したら、全校生徒。
「おはよう、じゃないよ」
僕は早足で歩いて上がった息をそのままに、握りしめた拳を高梨に向かって振り上げた。
「…怒ってる?」
案の定、その手はあっけなく掴まれてしまって、高梨に僕の手を預けてしまっただけだった。
「ごめん、こんなつもりじゃなかった」
高梨は謝るんじゃなくて、
早くあの噂は全部嘘だって
そう言えばいい。
だって、僕が否定したところで、
肯定した張本人がこんなに周りに乗っかってたら意味ないじゃないか。
「そんなのどうでもいいから、離せよ。
早くここから逃げたいんだ」
僕は高梨を睨んだ。
「…七瀬、聞いて」
高梨が声を落とした。
…なんだこの状況は。
なんで見られてるんだ
「俺はこんなつもりじゃなかった。
…七瀬を苦しめようとしたんじゃない」
「じゃあどういうつもりだよ」
高梨が僕をじっと見ていた。
「俺は…」
この目は、狼でもないし、
普段のからかうような目でもない。
何考えてる?
「おい、お前ら付き合ってんじゃねぇのかよ」
やっぱり、始まった。
その一言で、周りも好き勝手言い始める。
「お前らホモ同士なんだろー?」
「さっさと腕組めよ」
…ほら、やっぱり。
お前のせいだよ、高梨
高梨を睨むと、高梨は怯んだように僕の腕を掴む力を緩めた。
「…ごめん」
でも、僕達をからかったり冷やかすような言葉だけじゃなかった。
決して、嬉しい言葉じゃないけど。
「男子は黙ってなさいよ!」
「高梨せんぱーい!頑張ってー!」
「七瀬先輩!ごめんなさいー!」
…泣きそうな神野さんの声も聞こえた。
まぁ、この高梨の噂なら広めたくなっても仕方ないよ。