触って、七瀬。ー青い冬ー
第2章 保健室の吐息
「言っても怒んねぇよ」
もし言ったら、香田への恨みが増すだけだ。それだけでなく、なぜそうなったかまで問い詰められたら、僕は自滅することになる。
「言わない」
「なんでだよ」
「絶対に怒る」
「怒らない」
高梨は一応、落ち着いた表情をしている。
「…わかったよ」
このまま隠し通す自信がなくなってしまった。
「香田」
「…あの野郎ぶっ殺す」
「ほら怒った」
「怒ってない。ムカついてる」
「同じじゃん」
「とにかく、まず手当て」
「いいよ、ただの痣だしすぐ治る」
「一応医者行け」
「大げさだよ。ただの痣で」
「お前、俺に同じこと言ったからな」
「…それは高梨が選手だからじゃん」
「お前だって、手は命だろ」
「え?」
「ピアノにも茶道にも腕は使う」
高梨はベッドから降り、包帯を取り出した。
「怪我人なのに人の手当してる」
「感謝しろよ」
高梨はベッドに腰掛け、僕の腕に包帯を巻いた。
「痣って包帯なの?」
「…知らんけど、痣がそのまま見えるよりは、包帯が見えた方がいいだろ」
「たしかに」
高梨は包帯を巻くのが上手かった。
そして、その綺麗な手がずっと触れているのに緊張した。
「香田、なんでお前に?」
「…中学、同じだった」
「それだけでこんなことしないだろ?」
やっぱり、聞かれるよな…
「あいつ、誰にでも喧嘩売るから」
「それはなんとなくわかる。よしできた」
腕に、真っ白な包帯が巻かれた。
ずっとこのまま巻いていたい。
「じゃあ帰るか」
「うん」
高梨が深く追求しなくて助かった。
「ちょっと手貸して」
「はい」
高梨が、片足を浮かせたまま立ち上がる。
「肩貸して」
「はい」
高梨が僕の肩に腕を回した。
嘘だろ、こんなに近づいていいのか。
なんか申し訳ない。
高梨は僕に心を許しているのに、
その僕は単なる友達じゃない。
下心がありすぎる。
高梨は背が高い。そして重い。
僕は支えるので精一杯だった。
でも、すぐ横に高梨の顔がある。
近すぎる…
「七瀬」
耳元で声がした。
「うわっ」
「えっ」
痛い。
やってしまった。
怪我人を突き飛ばすという暴挙に…
「いってぇ」
ん?
なんだろうこの…重い…
「たったたたか」
高梨が僕に覆いかぶさっていた。