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触って、七瀬。ー青い冬ー

第13章 愛の嫉妬




俺はまた、あのステージに戻った。

部活で帰りが夜遅くなっても、
あのステージに通った。

称賛を受けても、何もわからないけど


俺はまだ、誰かに求められていると
思いたくて





「伊織ちゃん」


「…麗子さん」


ステージが終わり、
17階の部屋に戻ろうとエレベーターを待っていた時だった。

麗子さんは今日も、綺麗なドレスを着ていた。


「何か、あった?」

イヤリングと、カールした明るい髪が煌びやかだった。

「何も…」


俺は耳たぶをつまんだ。


ふっ、と麗子さんは笑った。


「爪、荒れてるわよ」


麗子さんが、俺の手を見た。


「あ…」


俺は手を背中に隠した。



「私ね、伊織ちゃんに会ったばかりの頃、よく叱ったの。爪を噛まないでって」


麗子さんは懐かしそうに笑いながら言った。


「…はい、覚えてます」


短くなった、左の親指の爪。


「不安になったり落ち着かなくなったり、
ステージの前で興奮したりすると、
爪を噛む癖があったでしょ。

ピアニストは手を見られることが多いし、演奏する時も爪は傷んでいない方が弾きやすいじゃない?

だから、その癖を治して欲しかったの」


俺は後ろめたいような気分になった。

そんな風に心配してもらっていた、俺を叱ってくれていた麗子さんに、隠し事をしていることが。

今心の中にしまってある言葉を全部、さらけ出してしまいたかった。


「だけど、叱るだけじゃいけないのよね。
伊織ちゃんだって、噛みたくて噛んでるんじゃないんだから」


癖は、なかなか治らない。

七瀬のことを考えていると、不安になったり、苦しくなったり、逆に、とてつもない興奮に襲われたりして、気がついたら。



「治すためには、気をそらすことが大事なんだそうよ。他のものを触ってみるとか、
手を使う作業をするとかね。

そうやって、我慢をしない治し方を試してみるといいと思うの」



「…はい、ありがとうございます」


気をそらすもの…


我慢をしないで、治す…



「伊織ちゃん、
あの子とは仲良くできてる?」

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