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触って、七瀬。ー青い冬ー

第3章 男子高校生の性事情


風が吹いて電車がやってきてしまった。

「こんなの公然わいせつ罪で捕まるに決まってる」

「これはわいせつな行為じゃない。
単なる耳のマッサージ」

高梨はそういうと、僕を腕にくっつけたまま車内に乗り込んだ。

案の定満員だった。しかし幸いなことに奥の扉側に立つことができたので、人の目はあまり気にならない。

扉が閉まり、電車が動き出した。

僕は扉に背をつけ、僕の前に向き合うように高梨が立った。すぐ隣にはスーツ姿のサラリーマンが立っている。

「…お前毎日これに乗ってんだろ?」

「うん」

電車が揺れ、高梨が押し込まれる。
高梨の肩が目の前に来た。
これ以上近づけないというほど近い。

「大変だよな。俺は人を押しつぶす側だから、乗ってると申し訳なくなる」

高梨は背が高くて肩幅もあるから、面積を
とってしまうんだろうな。

「…それでもそんなに嫌いじゃない」

こんなこと言ったらおかしいと思われるか。満員電車が嫌いじゃないなんて。
言った後で少し後悔した。

高梨は黙り込んだ。

「…」

ギィー…というブレーキの音がする。

車両はカーブで揺れ、高梨は一歩こちら側に足をついた。高梨の腕は僕の後ろの扉について、僕には逃げ場がなくなった。

僕は今、どんな顔をしているのだろう。
高梨は窓の外を見ているみたいで、よかった。顔が熱くなっているのがわかる。

落ち着かないと、どうにかなりそうだ。
こんな人混みのなかでこうして密着しているのが、とても恥ずかしいことのように思えてくる。

落ち着かないと。

ふーっと息を吐いた。
そしてそっと息を吸った。

…甘い香り。

蜂蜜のように甘い。
これは、高梨の香りなのか…?
高梨は少し背を丸めた。
高梨の顔が耳元に近づいた。

「嫌いじゃないって、」

低い声にはっとして体が固まった。
ガタンガタン、と揺れる。

人が詰め込まれた箱の中で、僕一人だけが心臓を高鳴らせていた。

「…俺と一緒だから?」

ギギィー、とブレーキ音がする。
黒いトンネルに吸い込まれていく。

甘い香りはどこへ行ったのだろう。
僕は息をするのを忘れていた。

「あ…りえない」

喉が詰まった。
あまりにも苦しかった。

高梨は人を喜ばせるのが得意で、
それが人を苦しめることがあるのを知らない。

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