触って、七瀬。ー青い冬ー
第15章 指先の快楽
彼は横になっている私のベッドの上に膝を乗せた
ぎし、と軋む音がした
「ここは病院だ、そして私は患者だ」
「ええ、そうでしょう」
彼は私の上に跨った
「気をつけてくれないか、まだ傷は新しいんだ」
「自業自得ですね」
見下ろすその目、蔑む目も魅力的だ
人間はここまで美しさを体現できるのか
「あの家、七瀬家の父親…義理の兄だがね。
彼は少々親としての意識が低いとは思わないかい」
この野郎、と叫びながら私を殴ったあの忌まわしい男の顔は七瀬夕紀の父親にしては整ったものではなかった。
母親の方はまだ美人だったが、それも彼のような華やかな顔立ちではない。
「あなたを殴ったことに関しては彼が正しいと言えます」
私はその目を見て笑った
「…その本意がどうであれ?」
「ええ、どうであっても」
彼は黒いコートのポケットから何かを取り出した
「知ってるかい?」
「知らなくていいこともあります」
「君は質問に対する答えというものが何かわからないみたいだね」
「はい、かいいえで答えろと?」
「そうだ」
「そんなのつまらないでしょう、
そもそもそんな質問はくだらないではないですか?
選択肢が二つなんて」
「つまり君は知りたいんだね」
「お好きに解釈していただいて構いませんよ、
どうせあなたももう長くはないんでしょう」
「もうすぐ死ぬ人間への同情か」
「そうとも言えますかね」
「いいだろう、教えてあげようじゃないか。
七瀬夕紀には別の親がいる」
「…だから何だって言うんです?」
「ああ、君は両親を亡くしたんだったね」
彼は表情を変えず答えた。
「そうですが、それは大したことではありません。
気の毒なことでも悲しいことでもありません。
養子であることなら尚更、わざわざ言うようなことでもありません。
ただ血が繋がっているかいないか、それだけじゃありませんか」
彼はポケットから取り出して手のひらにあった黒いものを片手で弄ると、親指でその中に隠れていた刃を開いた