触って、七瀬。ー青い冬ー
第1章 七瀬夕紀の感傷
…
小鳥の鳴き声がした。
嫌でも目が覚めてしまう。
眩しい日差しは
こんな薄いカーテンじゃ遮らなかった。
「また朝…」
頭が痛かった。
夜更かししたからだな…
またやってしまった。
そんな風に後悔するのもいつもどおり。
でも僕はやめられなかった。
「おはようございます」
部屋から出て階段を降りリビングに立つと、
両親がそこで僕を見ていた。
「おはよう。
今日は少し起きるのが遅かったみたいね」
母はコーヒーを飲みながら言った。
朝食は食べない主義で、基本白米なども食べない。白米は太るからいけないらしい。
「すみません。昨日よく眠れなくて」
「いいのよ。謝らなくたって。
あなたが忙しいのは十分わかってるから。
今日も夜遅くまで塾でしょう?
身体には気をつけて、無理しないのよ」
母は言った。
でもその目は新聞に向けられたままだった。
「はい。お気遣いありがとうございます」
まぁ、いいんだ。
それくらいの方が変に気を遣わなくていい。
僕は洗面所へ立ち身支度を整え、制服に着替える。再びリビングへ戻り、
テーブルの上にある茶封筒を手に取った。
「夕紀君?」
母が僕の名前を呼んだ。
ユウキ、特に珍しくもない名前。
だから好きだ。
「はい」
「もし足りなかったら言ってくれていいのよ」
「いえ、十分過ぎるくらいです。
ありがとうございます」
「そう?それなら良かった。安心したわ。
いってらっしゃい」
茶封筒の中身は見ず、黒い鞄の中に入れた。
「行ってきます」
母は今日も僕の目を見なかった。
玄関に立ち鍵と定期を持った。
「夕紀」
後ろから低い声がした。
僕は振り向かなかった。
「学校は楽しいか?」
「…はい。」
「友達は、いるのか」
低い声は威圧的にも聞こえるし
落ち着いていて優しくも聞こえる。
でも僕にとってその声は銃弾のようなもので
僕の生気を奪うものだった。
「はい、います」
「なんて名前だ」
また始まった。
僕はもう我慢しきれなかった。
「…すみません、急ぐので…
行ってきます」
「夕紀!」
急いで靴につま先を押し込んだ。
「おい夕紀!」
ドアを開けて、飛び出した。
走って駅まで急ぐ。
あの男は父親だ。
僕がなんと言おうと。