触って、七瀬。ー青い冬ー
第3章 男子高校生の性事情
高梨は僕の頭に手を置いた。
そしてそっと呟いた。
「嫌だった?」
僕は突然の質問にうなづいた。
「…うん」
一体何を企んでる、高梨。
「じゃあ、もうやめる」
高梨は僕の頬に手を添えた。
「ごめん」
高梨はその手を僕の耳へ伸ばした。
「っ…」
熱い耳に高梨の大きい手が触れた。
そして、耳にはめていたそれを取った。
『〜駅、〜駅』
「あ…」
もう降りないと。
「すいません、降ります」
高梨が言うと、乗客はさっと道を作った。
車両は止まり、ドアが開く。
僕は高梨に手を引かれて、ドアの前に立たされる。
「じゃあ、また明日」
後ろで低い声がした。
ぽん、と背中を押されて、僕はホームに立った。
「ちょ、高梨…」
振り返ると、扉がゆっくりと閉まっていた。
高梨はもう、入れ替わりで乗り込んだ乗客に隠されていて見えなかった。
電車はそのまま、音を立てて行ってしまった。
「な…んだあれ」
僕は何もない線路の上空を見つめていた。
「…なんだったんだ」
だんだん腹が立って、同時に恥ずかしくなった。
「なんなんだ」
右耳を抑えると、まだ焼けるように熱かった。
もう冬が始まるというのに。
《ごめん》
突然放たれた謝罪の言葉は、あまりに不自然な、唐突なものだった。
そして、高梨はたしかに、後悔したような表情をしていた。
「君」
今までの全ての高梨の行動が、理解できない。高梨はなぜ僕にあんなことをしたのだろう。
「大丈夫か?」
そもそも、高梨はなぜ僕に近づいたのだろう。
僕に触れたのだろう。
《おはよう、七瀬》
考えてみれば、全てが不思議で、
おかしなことだった。
高梨はとても遠い存在のはずだった。
僕はそれを遠くから眺めるだけの人間で、
それでよかったはずだった。
「君、線路から離れなさい」
気がつくと、目の前に駅員が立っていた。
「あ、…すみません」
僕は、線路の上を見つめたままホームに立ち尽くしていた。
僕は後ずさりをした。
すぐに金属の擦れる音がして、強い風が舞い込んでくる。ライトが線路を照らす。
「最近、本当に多いんだ。不幸な事故が」
駅員は言った。
電車が止まり、ドアが開いた。
周りには誰もいない。
電車から降りた客だけが、僕達の前を歩いていった。