触って、七瀬。ー青い冬ー
第16章 薔薇戦争
七瀬は肩に回された手に強引に連れ出されようとしている。
ここは個室ではなく、6つほどベッドが並んでいて
ほぼ全員がこちらの騒ぎに耳と目を全力で傾けていた。
「おい!立花!」
呼び止めると、立ち止まった立花は七瀬の前に向き合って立った。
「なー、なっちゃん?」
「は、はい…」
七瀬は答えながら、横目で俺の方をちらりと見た。
気まずそうにしている。
本当に、まさか七瀬がこんなことに手を出すとは…
【本当の両親に会いたいんだ】
そう、予々言っていた。
その度に、立花薫には絶対に連絡するな、
と念を押しておいた…
のに…
七瀬を睨み付けると、七瀬は怯えたように俺から目をそらし、目の前の立花に向き直った。
おい、なぜそいつに目を合わせる。
「うちら、随分と親しい仲やろ?
もう、やることはやってもうてるし…
なっちゃんの綺麗な体にもその可愛い顔にも」
立花は七瀬の肩に手をかけ、手のひらを胸の上で滑らせた。そして、手の甲を首から顎にかけて沿わせると、七瀬の前髪を後ろにかきあげた。
「夢中になった」
その白い額に、ちゅ、とキスが落ちる。
ひゃあっ、と周りのベッドから声にならない悲鳴があがった。
「立花ぁあ!」
七瀬は訳がわからず、顔を真っ赤にしたまま放心していた。
「ほんなら、おおきに〜」
立花は放心状態の七瀬を連れて病室を出ていく。
「お前は東京生まれの東京育ちだろうが!」
「うちは世界の薫やでー」
「標準語で話せー!!!」
…
お母さん…
【夕紀君】
あなたは誰ですか
ピアノを弾くのが嫌になった小さい頃
僕は家を飛び出して、レッスンをすっぽかした
葉山先生とは仲が良かったけれど
僕が弾きたい曲は探しても探しても見つからなくて
あの一曲以外見つからなくて…
【どうしてそんなことをしたの?】
わからない、逃げ出すことしかできなかった
【あなたはピアノを弾きたいんでしょう、
そうよね?】
そう、だと思い込んでいた
【…私の育て方がいけなかったのよね】
…そんなこと。
【私が悪いの】
僕が悪かった…のかな
【私だって…わからないの。
あの子が何を考えてるのか…】
…お母さんでさえ、僕の気持ちが分からないなら
一体、誰が…。