触って、七瀬。ー青い冬ー
第16章 薔薇戦争
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「おい、どういうことだ」
その声は、いつものような間の抜けた口調がないことに加えてやけに静かで恐ろしく聞こえた。
「それが、あのゼロがこっちの人間であるとの情報がいま入ってきて」
警察官の格好をした男は、まくった制服の袖からタトゥーを覗かせたまま囁いた。
紫の毛皮のカーテンで囲まれた部屋には
白のカウチが置かれ、
その白をかき消す程のスモークのような甘い香りのする霧が、部屋をより怪しげに変えていた。
腰掛けて足を組むもう一人の男は、
壁一面の大モニターを見ながら聞いた。
「その裏切りもんの名前はわかっとんの?」
「いえ、まだ」
モニターにうつるのは、劇場の舞台上で虚ろな目をして座り込む、白いワンピース一枚の美少女。
そのモニターを見ながら唾を吐き、カウチから立ち上がったのは立花 薫、白塔組の頭である。
「白塔組…ウチの関係者だとしても、俺と幹部の人間以外はあのシアターに立ち入れない…
そう規則で規定されているはずや思っとったんやけど、佐藤クン?」
立花は、モニターを背に、警察官姿の男の肩に手を置いた。
「ええ、間違いありません」
佐藤は、怖気付く様子もなく答えた。
右耳に銀のイヤリングが揺れていた。
「…ちゅうことは、その“ゼロ”番はウチの顔見知りいうことやんなぁ?」
立花は、青色の髪を揺らした。
「なぁ、佐藤クン」
佐藤は口を噤んで目をそらした。
《あ”あ”あ”ぁぁあっ!!!》
部屋に立ち込める霧をかき乱すように、
モニターから少女の泣き叫ぶ声が鳴り響いた。
「…」
ち、と騒音に舌打ちをした立花は、
歯をぎりぎりと鳴らして佐藤を睨んだ。
佐藤はそれに応えるように、後ろに向かって言った。
「…おい、消せ」
独りでに、モニターから流れる音は消えた。
しん、と部屋が凍りつく。
「幹部の、それもあのシアターにたち入れる程の上級の組員がウチを裏切った。
こんなことが起きたのは一体全体、何故か…
お前ならわかるな」
立花は佐藤の少し高い耳に、
声を低くして脅すように言った。
「はい」
佐藤はいつものように返事をした。
「なぁ佐藤、自分の主人の縄張りもまともに警備できない“番犬”は、どうしたらいい?」
佐藤は目を細めた。