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触って、七瀬。ー青い冬ー

第16章 薔薇戦争




危険だ、逃げろ


そんな警告を身体が発している気がしたのに
同時に、この目をずっと見ていたいと思った。

そして、その目が私を見ていることに
変な高揚感すら覚えた。

その人は凶器にさえなりそうな鋭い目で私をじっと見た。

また胸のあたりがぎゅっと音を立てて
私の肺を締め付けた。

彼の唇は動いた。
本当に…人間なんだ…


《…誰?》


寝ぼけたみたいな声、見た目の繊細な様子からは予想しにくいくらい低かった。


…ん?

…誰、とは。


《あの、菅野です。ナースコールで今…》

もしかして私、間違った部屋にきちゃった!?

《…?》

彼は目を細めて私をさらにじっと見つめて返した。
本当に心当たりがまるでない…らしい。

《はぁ…》

彼はうざったそうに溜息をついた。

絶対間違ったーーーー!!

ひ、ひいいッ!…死にたいッ!
よりにもよってこの人の部屋にッ…!?
バカバカバカ、菅野朱莉のバカ!

でも、その歪んだ表情すら美しいとはどういうことなんでしょうかッ!?

いかん、これ以上ここにいたら嫌われてしまう!
すでに大分印象は悪くなったとは思うけど…。

もう諦めて早く立ち去りなさい菅野朱莉!


《あ、あの、すみませんでしたッ!》

私はとにかく頭を下げ、永遠にでも居座りたいと思いながらその部屋の扉に手をかけた。


《…あ》

後ろから低い声がした。

も、もしかして、今声を発しました?

もしかして
こんな私めを呼び止めてくれるのですか!?
ありがとう神様!



《…コーヒー》


振り返ると、彼が私を見ていた。


《…は?》



《ん?…あぁ、ブラックで》


彼は真顔でそういった。


いや、そうじゃなくて。


…なんだこの人は。
コーヒーのためだけにナースコールを押したのか!

もしかして、間違えて来た私にせっかくだから、
と思ってこんなことを言っているのか?

私は扉を開けて、部屋の番号をもう一度確認しようとした。


《ここで合ってるよ》


低い声がまた、私に言った。


ん、んんん???


この部屋の患者さんは手術後だということは聞いていたので、もしかしたら傷が開いたとか
血が止まらないとか、
そんなことがあったのかと思ってきてみたら


…コーヒー!?

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