触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
「おおっ?今日はどうしたよ香田〜」
裏の休憩室を通りかかったのは店長、堺だ
香田千尋は背もたれに背を預けて項垂れている。
「堺さん…俺、やっぱ向いてねぇっす」
「またそれかぁ!君は本当に打たれ弱いよね」
香田千尋、彼が何故この職業を選んだのか
それは誰も知らない
「だってお客さんの話ってめちゃくちゃ長ぇし
それに笑顔つくってうなづいてるのも
マジ、キツすぎっすよ。
そもそもこんな仕事したくてしてるんじゃ…」
「え、そうなの?」
「あ、いや…」
香田は決まり悪そうに顔をしかめると、
返す言葉を探す気力も失ったようで
また頭を垂れた。
「香田君なぁ、どんな理由があってここに来たのか知らないけど。
無理してるなら一旦休んでいいよ」
え、と香田は顔を上げた。
「ここんとこ顔色も良くないし、
相当ストレス溜まってるんじゃないの?」
堺がそう言いながらグラスを取り出して来てテーブルに置いた。香田はどうも、と力なく頭を下げた。
グラスには烏龍茶が注がれた。
「休みたい気持ちはあります。
でもここで働くって決めたのは俺で、
そういう約束を守らなきゃいけないんで」
香田は机に突っ伏した。
「約束?誰かにそんな約束をしたって?」
「それは…言えませんけど」
「そっか、でも香田君は伊織と仲良しだったよね?
俺はてっきり、香田君は伊織の繋がりでここに来たのかと思ってたけど。
この間もここで随分話し込んでたみたいだし」
この間、というのは
七瀬と翔太が情事の最中に伊織に電話をかけ、
それを伊織が聞いていたあの夜のことだ。
香田は伊織、という言葉に反応して勢い良く立ち上がった。
「なっ、仲良いとか気色悪りぃこと言わないでくださいよ!
俺はあの野郎のニヤついた顔がダイッッ嫌いなんだ!」
息を切らしながらいう香田は、今にも堺に殴りかかりそうだった。
「おっおう、まぁ落ち着こうか、な?
とにかくその約束っていうのはそこまでして守らなきゃいけないんか?
そもそもその約束は何のために?」
香田はまた糸が切れたように椅子にどさっと腰を落とした。
「わかりませんよ…何のためになんて…
本当に何やってんだか俺は」
好きな気持ちは、まだ忘れられていない
……
「っくしゅ!」
ぶるぶる、と肩を震わせた。
「うーん…困ったね」