触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
葉山先生は苦笑いをして僕の傍から体温計を抜き取った。
「38度5分、高熱だね。3日は安静にしないと」
先生は僕にふかふかした布団をかけ直してポンと手を置いた。
「ぐずっ、ずみばぜん」
鼻が詰まった声で言うと、先生が僕の鼻にティッシュを当てて拭いた。
「いや、君の謝ることじゃない。
雨の中あの劇場から連れ出したのは私だ。
その後髪の毛も乾かさずに君を好き勝手にしたし…
それに、元はと言えば白塔組が君をあそこへ連れ出さなければこんなことにはならなかったんだ」
あの劇場、僕はステージに座っていた。
薄いシャツ一枚で、殆ど裸だった。
耳にはあの時開けられた穴があって
今はシリコン製の栓がその穴を埋めている。
「先生、白塔組って一体何ですか」
先生はマグカップを取り出してベッドサイドのテーブルに置いた。コーヒーが中に注がれていく。
「あの組織は…そうだな、
私の命の恩人がいたところだ」
先生はマグカップから出る湯気を見つめた。
「…義理のお母さんの件でですか」
先生は子供の頃、実の母が亡くなって引き取られた義理の母親に性的な暴力を受けていた。
「そう。私は君くらいの歳の時に家を逃げ出して
行き場の無かったところを拾ってくれた人がいて」
僕も高梨もそうだった。
理由は様々で、みんな行き場を失った。
「昔はまともな養護施設を経営してたんだよ。
だから私はそこで、たくさん自分と同じような境遇の人間に出会った。
施設は立派だったし、
精神的にもそこにいる方が安定してた。
いい先生方もいっぱいいてね」
先生は懐かしむように笑った。
「でも、なんで今はこんなことになってるんですか?人の体をあんな風にオークションみたいに…」
先生の顔から笑顔がすっと消えていった。
「私を拾った恩人はそこのオーナーだった。
彼が病で若くして亡くなってね。
それから経営責任者がその息子に変わったんだけど、その息子が少し道を間違えたみたいだ」
僕は体を起こしてマグカップを持った。
「その息子ってもしかして…」
マグカップに口をつけた。
「立花 薫だ」
一口コーヒーを飲み込んだ。
とても苦くて喉のあたりに何かが残った。
「…じゃあ立花さんは本当に僕を騙しただけだったんですね。全部、嘘だったんだ」
《本当の家族に会わせてあげよう》