触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
一体彼女は何者なんだろう。
少しだけ、いや、その顔を一目見てみたい。
「お前を庇ったわけじゃない」
「私じゃなくて七瀬夕紀?」
その一言の後、
部屋に沈黙が訪れた。
何故だろう。七瀬夕紀って誰?
二人が一向に口を開かなかったので、私の好奇心はますます擽られる。
扉をほんの数ミリ、ゆっくりと開いた。
「…」
よかった、音はしなかった。
患者のプライバシーを侵害していると言うことももうどうでもよかった。
少し開いた隙間から光が漏れた。
私はその隙間に顔を近づける。
しかし、その隙間は一瞬にして大胆に広げられた。
真っ白な手が内側から扉を開けたのだ、と気づいた時にはもう目の前に彼がいた。
「菅野さん?」
…
「こら、覗かないの」
化粧室の扉から顔を出したのは、20歳前後の青年だった。
「あは、バレた」
「ベッドで待ってて。すぐ行くから」
そう言って笑った年上の男は、濡れた髪の毛をタオルで乾かしていた。
「はぁーい」
青年は甘えるような声で返事をして扉を閉じた。
ピロピロピロン♪
着信音が鳴り、ブー、とスマートフォンが踊った。
「はい、高梨です」
彼は電話を取って耳に当てた。
濡れた前髪で目が少し隠れていた。
鏡に写った首筋や細い腕は少し焼けていた。
最近の海外出張…というのも気がひけるが…
のせいだろうか。
「…ああ、君か。
随分ご無沙汰だね。元気にしてる?
もう何年振りだろうね、5年は経ってるかなあ」
「翔太さーん、まだー?」
「…ああ、違うよ。お客さん。
え?俺は元々どっちもいけるって。
まあ、最近は専ら若い男の子だけど…」
彼は通話をしながら化粧室を出て、
青年が待つベッドに横になった。
青年は黙って彼の湿った髪に鼻を近づけた。
「なんでって、野暮な事聞くね相変わらず。
あんまり俺を刺激しない方がいいと思うよ?
俺はまだ君達の事を許したわけじゃないし、
今こうして話してるのも機嫌が良いからってだけの理由なんだからさ」
彼は青年の頭を撫でた。
犬が尻尾を振るように、彼は肌触りの良い足をすり寄せた。
「…何、今なんて言った?」
「翔太さん?」
「…本当に、あんた達はやる事が汚いな。
で、何が欲しいの」
彼は青年を振りほどいてベッドから降りた。