触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
高梨は黙って大きくてしなやかな手でページをめくっていった。
「ん」
高梨は指定されたページを開くと、つまらなそうに黒板を見つめた。
「どーも」
僕はそれだけ呟いてシャーペンを手に取った。
黒板に書かれていく長ったらしい小説の解説を書き写しながら、意識はどうしてもいつもより近い高梨にいってしまう。
いつものことなのだが、高梨からは甘い香りがした。蜂蜜のような、歯がとかされそうな絡みつく甘い香気が。
「…」
平然を装いながら、自分の体温が上がっていくのをひしひしと感じていた。
この香気が鼻を抜けたとたん、体が喜んで
起こるはずのない何かを期待して
勝手に感覚を研ぎ澄まし始める。
窓の外が真っ白な雪に包まれ、
床や壁も
黒板の緑も机の焦茶色も
制服も生徒達の黒髪も
全て真っ白に変わっていく
白いペンキで塗りつぶした世界に
僕と高梨も白く塗りつぶされていく
ただ、高梨の髪、瞳の黒と唇の朱だけは
はっきりと色鮮やかで
その肌はこの世界のどんな白よりも透明で
シャーペンを握りしめたまま
体が震えていたのにも気がつかずに
「ではここで問題、なぜ主人公は幼馴染の彼女に会いに行こうと思った?」
先生の声で僕は現実に引き戻された
止まっていた息を吸い込んだ
窓の外はまだ秋の紅葉に染められていた
黒板は緑で机も茶色だった
「隣と相談して答えを出しなさい」
僕は二つ並んだ机の真ん中に置かれた教科書に目を落とした。
そこには男女の恋愛小説らしきものが印刷されていた。
本を読むのは好きだったが現代文の授業はいつも退屈で、授業を聞かずにただ教科書の文章を繰り返し読んだり他の小説などを読んで50分をやり過ごしているうちに、教科書の中の文章は殆ど読み終えてしまっていた。
そんなわけで授業は殆どぼーっと窓の外を見るとか
高梨の様子をたまに伺ってみるとか
そんなことをずっとして過ごしていた
高梨の様子を見ようとして少し横目で隣に座る人物を盗み見ると、既に机の上に頭を伏せて眠っていた。
すー、と寝息をたてて気持ちよさそうに。
周りは皆、出された問題の答えを話し合っている。
僕達もペアワークをしないと…
でもこの寝顔を壊してまでするべきことだろうか、それは…