触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
いや、でも次に先生に当てられないという確信もないので起こさなければ。
「高梨」
僕は声をかけた。
しかし高梨はビクともしない。
ただ広い肩をゆっくり上下に動かすだけ。
全く、よくこんなに無防備になれるな。
僕の気も知らないで。
「高梨、起きろってば」
もし時間が止まってくれたら、このまま
高梨の横で眠ってしまいたい。
それなのに僕らはまだ高校生で授業を受けなきゃいけないから…
仕方なく、恐る恐る僕は森の妖精のように眠るその肩に手を置いた。
こうやって高梨に触ることはとても気が引けた。
僕はまだ何も知らなかったし
高梨も何も知らなかったから
「ん…」
高梨は喉を鳴らしてもそもそと動くと
僕の手を振り払うように肩を動かして起きようとしなかった。
「はぁ…」
ため息をつくしかなかった。
一応、善意で起こしてやろうと思ったが
ここまでして起きないのなら仕方ない。
当てられても知らないぞ、と心の中で悪態をついて僕は窓の外に目を戻した。
時間は過ぎていってしまう。
枯葉が木の枝から落ちるように
時間もこぼれ落ちていく。
若さも、永遠のようなこの50分も、隣の転入生も
決して永遠じゃない。
この虚しくて寂しくて苦しい思いもきっと
いつかは屑になって記憶の隅に追いやられていく
それがいいのか悪いのか、まだ知らないけど
「おい高梨、聞いてるか。
主人公はなぜ幼馴染に会いに行ったのか。
その答えは?」
案の定、高梨は先生に当てられた。
高梨はゆっくり頭を上げて
わかりません、と呟いて
「なんだその答えは。やる気ないのか?
きちんと目を覚ませ」
先生が進学校らしく静かに注意をすると
高梨はすみません、と上の空で答えた。
「こんなのでも成績だけは良いからタチが悪い。
授業態度で成績を下げないようにな」
先生はそう言ってまた授業を進めた。
なるほど、試験の成績さえ良ければ先生は割と大目に見てくれるらしい。
僕だって成績が悪いとは言わないが、
だからと言って堂々と居眠りする度胸はない。
高梨は一瞬指名されて顔を上げていたが、
また眠気の波に押されてこくりと頭を下げた。
僕はなんだか面白くなって少し笑った。
「高梨、また怒られるよ」
高梨は勿論僕の声など聞こえていないらしく
またこくりこくりと体を揺らしていた。