触って、七瀬。ー青い冬ー
第17章 My Man
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「えーと…」
困った表情の高梨伊織は、直角に腰を曲げて頭を下げたまま動かない菅野朱莉を見ていた。
「本当に申し訳ありませんでした」
彼女は潔く、というより諦めきった様子たった。
「うん、もう頭あげたら」
彼女は高梨伊織とその彼女と思しき女の会話を盗み聞きしていたのだ。
高梨伊織はふう、と息を吐くと菅野朱莉に歩み寄り、ぽんと肩に手を置いた。
「そこまで深刻にならなくて大丈夫だから」
それでも頭を下げたままの菅野朱莉、看護師は
首を振ってごめんなさいと言った。
頑なに頭を上げない看護師とそれに対してやけに甘い態度の高梨伊織に気分を害された面会者、木村千佐都は二人の間に割り込んだ。
「うわ」
押しのけられた高梨伊織が顔をしかめた。
木村千佐都は構わず菅野朱莉に怒鳴りつけた。
「ちょっとあんた、顔上げて質問に答えなさいよ!どこから!どこまで聞いてたの?
その内容によっては私が今ここであんたに口止めしてやらなきゃいけないかもしれないんだから」
菅野朱莉は目を伏せたまま曲がった腰を元に戻し背筋を伸ばした。
「あなたが…高梨さんの首の傷を作ったっていうことくらいしか聞いてません。その他はよく覚えていなくて…」
木村千佐都は胸ぐらを掴み上げそうな勢いで聞いていた。
「ふーん、そう?それは困ったわねぇ。
その事は絶対に誰にも知られなくなかったんだけど、もうあなたは聞いちゃったんだもん」
木村千佐都は煽るように言った。
菅野朱莉はまだ目を合わせず、床の上のあたりを見つめている。
「他言なんてしませんし、あなた方のどんな事情ももう詮索しません。だからどうか許してください」
ああ、あの頃の浮かれていた自分を叩いて目を覚ませと言いたい。高梨伊織が入院してきた頃。
私は彼の美しさに舞い上がり
身の程もわきまえずにお手伝い係みたいなことまでして、挙げ句の果てにこの修羅場。
この気の強い女子高生も私に何を要求するか分かったものじゃない。
それに二人の顔面と自分の顔面の出来の差に、
居心地の悪さと自己嫌悪を感じる。
「許すも何もね?あなたが聞いた事実があなたの記憶の中にある限り、私は安心できないの。
だからあなたの記憶を消すか、もしくは絶対に他言しない証明、保証の類がないと。もちろんそれが破られたらあなたは即刻抹消ね」